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2018年3月10日 (土)

自分の欲望

人が一人でいるとき、本人には欲望はない。そのとき、他者からの、営業に行くように、とか「勉強しなさい」という言葉が入ってくると、人は自動的にその言葉に従うようになる。まるで人形のように操られてしまうのである。常識的には、そうすることが好ましく、従順で非難されず、あまつさえ賞賛を受けたりする。しかし、それは本人の欲望ではなく、他人のそれを生きていることになる。それはそれで、中年くらいまでは暮らしていけるのである。中年をすぎたころから、自分とはなにかと考えるときが必ずやってくる。そのとき自分に何の欲望がないことに気がつく。指示待ちの人生を歩むか、自分の欲望を設立するかの二者択一の岐路に立たされることになるのだ。そのとき自分の欲望を見出だす話し相手が必要になるのかもしれない。

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コメント

私は自分の欲望を見出したのだろうかと
考えました。
指示待ちの人生って、楽しくないですね。

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