« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年11月の30件の記事

2019年11月30日 (土)

変化

顔は変化しない、と感じていても、しばらく見ないでいたテレビのアナウンサーの顔を見て、変わったなと感じることがある。植物の成長と同様、私たちの顔も体も時々刻々と変化している。できれば、進化もとげたいものである。

2019年11月29日 (金)

興味

電車で隣り合わせの人の読んでいる新聞をつい読んでしまう。私たちが何も考えずぼーっとしているとき、私たちの欲望は宙に浮いたままである。その時新聞に釘付けになっている隣の人の姿に自分の欲望を転写してしまうのである。きっと面白い記事に違いない、というふうに。だから普段は全く関心のない内容でも、すごい発見をしたかのように読んでしまうのである。本当に興味のあることはどこにあるのか。

2019年11月28日 (木)

否定

人はつい相手の話を否定しがちである。なぜ人は人の話を素直に受け入れることができないのか。「風邪を引いた」と人が言うとき、「そうでしたか」と受け入れてしまうと、聞き手が急に寒気を催すことになる。そこであわてて、「私も先週風邪を引いた」と主張すればよいのである。それによって自分の健康は温存される。それが否定のメカニズムである。人はそれほどまでに、自分自身が損なわれることへの怖れを抱いているのである。

2019年11月27日 (水)

感想

人によって感想は違う、と分かってはいても、つい自分の着ている服が似合うかどうかを人に聞いてしまう。そのとき、ある人は、もっと明るい色の服にすれば、と言い、別の人は、夏っぽくないかなどと言う。また別の人は、そのままでいいなどと素っ気ない返事をよこしたりする。言われた方は迷うばかりだ。そう考えると、自分が本当に欲しい感想はまったく違った言葉なのかもしれない。

2019年11月26日 (火)

忘却

あれほど暑かった夏もとうの昔に過ぎ去り、急に寒さが忍び寄ってきた。その事実を忘れることができるのも、暑さが終わることを知っているからである。ところが心の悩み、苦しみは終わらないかのように感じることがある。良いときも、悪いときもあると受けとれればいい。さらに、自ら終わらせる、と決めることができれば更にいい。季節が必ず巡ってくるように、私たちの人生も両方の時期があると確信できればいいのだ。

2019年11月25日 (月)

会話

人は人とだけでなく、身の回りのモノとも会話している。ただし頭の中だけであって、声に出してはいません。目の前にショート・ケーキがあるとする。食べるときイチゴを加えて食べるか、ケーキだけにするか、量はどのくらいにするか、イチゴを上にするか下にするか…さらに、飲み物は紅茶かコーヒーか、すごい速さで会話している。先日、学生時代の友人がテレビ番組に出演していたので、「オー!久しぶり!元気?」と声に出して会話しそうになった。危ない危ない、テレビと喋ってはいけません。

2019年11月24日 (日)

風邪

風邪をひくとどうなるか。何もできなくなる。そのおかげで、自分の体を寝床にくぎ付けにして、自分の体を休ませることになる。人はちょっとしたことでは休まないものである。そうしているうちに自分の体には疲れがたまってしまい、気づいたときには大変な事態になってしまうのである。そんな事態を避けるために、こころが体に向かって自分の体を「休ませろ!」と叫んでいるのである。体は正直である。

2019年11月23日 (土)

口調

人は話の内容より口調を重視している。相手が上司であればなおさらだ。自分が言いたいことを一旦丁寧語に置き換えて伝えようとするから、話が支離滅裂になったり、行きつ戻りつして収集がつかなくなったりする。そこに非難のことばが私を襲ってくるからますます自信喪失になる。置き換える作業はとてつもなく難しいことである。そんなことを気遣うことなく自分の考えを思いっきり語れたらどんなに心が軽くなることだろう。

2019年11月22日 (金)

繰り返し

食事を摂れば数時間後には空腹になる。また食事を摂る。人間はこの繰り返しの中で生きている。満腹のまま、とか、空腹のままという状態は存在しない。息を吐く・吸うの繰り返しと同様、片方の状態だけは死を意味する。無知だから学び、学んだら再びその知を捨てることが肝要だ。その中で私たちは本当の知を学んでいく。

2019年11月21日 (木)

好きなこと

自分だけの好きなことを持っている人というのはごく少数派である。多くの場合それは他人がすでにしていたことの模倣である。スポーツ、趣味、生きがい…すべて他人のマネである。しかしそれでいいのだ。その結果、これは自分には合わない、あれは体力的に無理…と判断しながら自分のものにしていく。その判断の基準は何かと言えば、飽きるか飽きないかである。そのことを一日中していても楽しいこと、それはしばしば他者の否定に出会いがちである。他者は極力温かな目で見守ってほしいものである。

2019年11月20日 (水)

土星

天体観測の季節がやってきた。近所の図書館の屋上には天体望遠鏡が設置されていて、この季節、観望会が開催される。この日は土星の観測。順番が回ってきて生まれて初めて土星と対面した。その感想は、「土星に輪があるのは本当だ!」という当たり前のものだった。接眼レンズに映ったその姿は鮮明の一言。写真とは比べものにならない感動だ。本物の迫力、宇宙飛行士になりたくなる気持ちが分かる瞬間だった。

2019年11月19日 (火)

いい人

最近の世の中は「いい人」ばかりが目につく。「おもてなし」、「にこやか」など、口当たりの良い言い方と言えばその通りだが、菜食主義のように歯ごたえがない。ある店の店員は挨拶をすることはなく、「何しに来た…」という風情でこちらを見ている。荒っ削り・粗野・ぶっきらぼうという言葉がぴったりする雰囲気なのだが、こちらの質問には、懇切丁寧で、よくここまで知っているな、という説明に舌を巻く。愛想のない面とは異なって、中身はとても「いい人」なのである。

2019年11月18日 (月)

多面性

人はたくさんの面で構成されている。簡単に言えば、私という人間は「良い人」ばかりじゃない、ということ。人は良い面・野性的な面・ずるい面などでできている。自分のこんなところが嫌というのはとき、自分の一面だけを語っているにすぎず、それが良いとか悪いとかいうものではない。ところが、他人はその面だけを指摘するので、言われる側はへこむのである。それがどうした!と言い返せれば相手がへこむはずなのだが。

2019年11月17日 (日)

賞賛

歯科検診を受けた。私の「お久しぶりです」の挨拶に、「あまりいらっしゃらない方がよろしいのです…」という受付の言葉を背に診察台に座る。開けた口の中をいろいろなものが行き来した。家電量販店でよく出会う院長先生が私に言う。「非常によく磨かれています!」と。診察室を出ながら思わずスキップを踏みそうになった。褒められたのは久しぶりだ。空には秋の雲が高く広がっていた。

2019年11月16日 (土)

記憶力

「もの覚えが悪いのです」という人に接するとホッとするのはなぜなのだろうか。反対に「あなたのことはなんでも覚えています」と豪語する人がいたとしたら少し怖くなる。その違いは何か。もし、すべてのことを覚えていたら、こちらの失敗、失言、恥ずかしい話がその人の中に登録されていることになる。そんなこと忘れちゃってください!と言いたくなる。いいこともそうでないことも、いっそのこと私のすべてを忘却の彼方に放り出してほしい。記憶力が低い方は善人、ということになるではないか。

2019年11月15日 (金)

感動

ある調査によると、聞いたことのない言葉の一つとして「えも言われぬ」があるという。うまく言葉にできない美しさなどを表現するときに用いる表現だ。赤さが際立つ…とか、丸みのある形が…などと説明できるとすれば、それは美とは言えない。説明不可能な美を前にして人は絶句する。夢の解釈が正鵠を得たとき、人は感動の渦に巻き込まれる。そのとき人は自分の存在に確信を得るのである。

2019年11月14日 (木)

以心伝心

思わぬ人から電話があった、などというとき、自分が密かに待ち望んでいたことが現象化したのである。昔の友達からの連絡であれば、自分が過去を振り返ってばかりいるからであり、知らない人や会社からの連絡が多かったら、それは淋しがっている自分の密かな欲望がそうさせたのである。そう考えると、電話もメールも来ないという自分の密かな願望は何なのだろうか。

2019年11月13日 (水)

周囲の人たちは楽しくしているのに、自分だけがその間に入っていけない。そんな場面に遭遇したことはないだろうか。それは価値観の差です、などと分析家みたいに自分で自分に言うことは難しいものだ。多勢に無勢、少数派は肩身が狭い。周囲の人は決まってこう言う。「一緒に楽しめばいいのさ」とか、「一人だけツンとした顔をしないでよ」と。その言葉が私をいたく傷つける。帰宅して鏡を見れば、そのなかに傷だらけの人が映っている。傷だらけの人生、それは自分だったのである。

2019年11月12日 (火)

まね

人から、「言い方がお父さんそっくり」、とか「仕草がお母さんに似てきた」などと言われて複雑な思いをしたことはないだろうか。われわれは知らないうちに両親のまねをしている。そうせざるを得ない事情があるからだ。まねることでしか、学ぶことができないからだ。自分オリジナルだと思っている言い方も、父母のまねであり、よい点もそうでない点もまねなのである。どの部分が良くて、どこがそうでないのかもわからぬままコピーし続けている自分が一人前の顔で生きている。自分だけのオリジナルな性格を出すにはどうすればよいのだろうか。

2019年11月11日 (月)

愛(3)

子どもたちは愛を求めて当然。しかし大人の「もっと愛をください」という訴えにどう応えればよいのか。愛するとはLoveとは違うことを知る必要がある。愛される側はそれなりのことをすることである。それは感謝である。愛とは感謝そのものである。

2019年11月10日 (日)

愛(2)

「愛されて来なかったのだからもっと愛を頂戴」、といわれても、与える側にも愛されてきた人はいないのだから無理な注文、ということになる。この世では需要と供給が一致しない。いったいどうすればよいのだろうか。

2019年11月 9日 (土)

愛(1)

誰もが必要としているもの、それが愛である。子どもたちは愛を食べて生きていると言っても過言ではない。彼らにはもともと愛の備蓄がないからである。彼らは車のガソリンタンクが空っぽの状態でこの世に生を受けてきたようなものである。大人がこぞって彼らに愛を注ぎ込まなければ進むことさえ困難なのである。フロイトが、「人は寄る辺なき存在」と言ったのはそうした理由による。子ども時代に十分な備給を受けていれば、長じてから愛を注げる人になるだろう。自分は備給されなかったのだから愛をもらうのが当然、と懇願している人たちもいる。

2019年11月 8日 (金)

こだわり

人にはその人だけのこだわりがある。その違いの数を数えていたら、きっと人類の数だけあることだろう。車は移動手段にすぎないという人も、ワインはどこそこ産でなければ気が済まないということもある。その人と、車好きな人とが会話することは難しいかもしれない。そこに同好会が生まれる素地があるのだ。そうした同好会に属さなくても互いにこだわりを語り合えるにはどうしたらよいだろうか。

2019年11月 7日 (木)

遮断

テレビも観ず、ラジオも聞かない暮らしを2~3日した後で人と会話しても不便さを感じない。反対に、多くの情報の中に身を置いていると、飽きてくる。その情報を知ったから得をした、ということもなさそうである。ポイント3倍の日の情報を知らずに買い物をしてしまった。それでも翌日買ってもなんということもない。ときには情報から遮断されることも良いかもしれない。

2019年11月 6日 (水)

安心

地震はいつ起きるか分からない。台風はいつ来てもおかしくない。道を歩けば危険がいっぱい。家のなかで転ぶかもしれない。それを考えていたら怖くて寝られない。生きるとは鈍感であること、と言えそうである。敏感だった私たちが程よく鈍感になれたのはいつの頃からだろうか。

 

2019年11月 5日 (火)

「子どもが嘘をつくようになった」という訴えも多い。嘘とまことの境目はあるのか。どんなときに真実を言い、どんな場合に嘘をつけばよいのか。社会で真実を告げれば嫌われること間違いなしだ。お世辞のせいで誤解されたり、反対に、安心した、ホッとしたと言われることもある。その境目は難しい。それを教えてもいないのに嘘をつくようになった子どもはけしからん、と考えるか、そんな能力を身につけるようになって成長したなと受け取るか、それが問題だ。

2019年11月 4日 (月)

際限

お気に入りの品物も、新製品を手にした途端、かつてのものが色あせて見えてしまう。なるべく見ないように下を向きながら街を歩く。テレビのコマーシャルは観ない。ピカピカの新車も見ない。そんな人生があったらシンプルでよいかもしれない。しかしなにか物足りなくも感じる。やはり欲望には際限がなさそうである。

2019年11月 3日 (日)

完成

書き上げたと思ったブログも、何度か読み返すたびに筆を入れてしまうクセがある。画家がキャンバスにしばしば筆を入れる、そのレベルからは遠く隔たった自分でさえ、自分で書いたものは気になるものである。それを自分に向けて告げるのが反省。子どもに向けて言うのが説教。完成とはあり得ないものかもしれない。

2019年11月 2日 (土)

記録

撮っておいただけで観ることのないテレビ番組のなんと多いことか。消してしまおう、と一度は頭の片隅をよぎっても実行することはない。ビデオ・CD・レコード・本…それは手にしたときの自己存在証明だからである。それを整理するとは、いったん自分を消し去って再び生きなおすことにほかならない。レコーダーに再生ボタンがあるように、私たちは日々死と再生を繰り返しているのである。

2019年11月 1日 (金)

英語

店の入り口に何やら英文で書いてある。要約を記せば次の様である。「今あなたが欲しいと思っている品がございます。高品質でリーズナブル、美とバラエティに富み、ユニークさ間違いなしの店です。ここで感動と余韻を味わっていただけることでしょう」と。なんの変哲もない文章も、英語に置き換えればどこかハイ・クオリティーな品物が所狭しと並べられているように感じられる。横文字の言葉に誘われるようにして用もないのに百円ショップに入ってしまった。


« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ