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2020年2月の29件の記事

2020年2月29日 (土)

欲しい

ボールペン一つでは心もとないなどと自分に言い聞かせながらまた同じようなペンを買うこともある。すると今度は、カバン用だ、部屋用だとどんどんペンが増えていく。それでいながら使った形跡がない。あればあるでもっとと思い、なければないで不安だ。こうして私たちの身の回りは不安でいっぱいになっていくのである。

2020年2月28日 (金)

二つに一つ

私たちの人生は、片方を得られればもう片方を失うようになっている。運動で健康が増せば疲れるし、新しい食器を使えば古いものは色褪せてしまう。この道を歩けばあちらの道がよかったかなと思う。私たちは仕方なく片方を断念している。それを考えていたら前に進めないからである。

2020年2月27日 (木)

痛み

私たちは同時に二つの痛みを感じることはできない。腰の右側が痛いと思っていたら、翌日は反対側が痛くなる。実際には痛みは腰全面に広がっているのだが、私たちはそれを痛みが移動すると感じている。一つ悩みが解決したら今度は次の悩みが・・といった具合である。

2020年2月26日 (水)

決める

自分ではなかなか決められないということがある。たまに自分で着るものを決めた、と思っても、それは幻想にすぎない。誰が決めたかというと、メーカーの売り言葉だったり、ブランド名、今年流行りのいろ、誰かが着ていた柄と同じだったことが根底にある。しかしそれでは自分がないではないかと無意識的に思ってしまう。そこで自分で決めたことにしているのかもしれない。個性的に、などと無理に自分を主張すれば時代錯誤なファッションになるだろう。どこまで自己主張できるかが問題である。

2020年2月25日 (火)

体験

体験とは文字通り体で体験することである。その起源は幼少期にある。言葉を持たない赤ん坊は、母から愛されていることを、抱きしめられたり、眼差しを受けることを通して体で実感する。その体験が下敷きとなり、後年、人からの愛や、大切に思っているという言葉に接してその言葉を信じることができる。しかし幼少期のスキンシップや声掛けがなかった場合、その言葉を言われても、そうかなという程度にしか感じなくなる。経験とは、そうした幼少期の体験を経て初めて至ることができる段階なのである。

2020年2月24日 (月)

知る

精神分析は自分を知るための学問である。相手を知ることも大事だが、その前に自分を知ることがより大切である。それによって相手のことをとやかく言えなくなる。と同時に相手のこともわかってしまう優れた学問なのである。人から否定的な言葉をかけられても平気でいられるし、相手の心理までもが明らかになるので、気にならなくなった、とか、心が穏やかでいられるようになったなどといわれる。本当の自分とはどんな人間なのか、それが明らかになったとき、人は人間になるのである。

2020年2月23日 (日)

世界

私たちが見ている世界は人それぞれである。それは演劇の舞台を見ているときに感じる、という人は稀ではないか。俳優が遥か彼方に目をやりながら、「空が広い」とつぶやくとき、観客は青空を仰ぐ俳優を見ているが、俳優の方は真っ暗な観客席を見ているといった具合である。同じようなことは、教壇に立つ教師と生徒、あるいは、母と子、売り手と買い手・・すべての世界が違って見えているのだ。互いが相手の立場に立つためにはどうすればよいのだろうか。


2020年2月22日 (土)

補う

テレビ番組で、長年苦楽をともにしてきた漫才コンビの一人が、「売れないとき自分は自暴自棄になっていたのに、相方は平然とした顔をしているのを見て割り切れない思いだった。」と告白していた。それに答えて相方が、「そちらが荒れた毎日を過ごしていたからこちらはそう振る舞わざるを得なかったのだ。」と語っていた。片方がマイナス思考に落ち入ると、片方は励ます側に回る心理が働いていたのである。私たちの周辺でもそうした無意識がはたらいているのである。

2020年2月21日 (金)

未来

私たちの未来はどこにあるのか。それは私たちの頭の中にある。人の頭の中に「金メダル」という言葉があればそれが未来だ。幸か不幸か私の中には金メダルの言葉はないのでメダルをとることはできない。もし過去にメダルを取ってしまった人の頭の中にはメダルはないかもしれない。あるとすれば自分の後輩にメダルを取らせたい場合だろう。そしてそれが未来である。言葉を変えて言えば未来とは言葉そのものなのである。

2020年2月20日 (木)

今という時間はどのくらいの時間なのだろうか。「雪が降っている」と人がいうとき、ゆ・き・が・・とバラバラには聞いていない。ゆ・の次に何の音がきて、その次にどんな音が来るかと想像して・・音と音との繋がり・重なりを考えながら聞いている。今、という時間はあるようで無く、無いかと思えばやはりある、ほんの束の間。私たちはその連続の間をさ迷う旅人に過ぎないのだ。

2020年2月19日 (水)

過去

私たちは時おり過去を振り返る。確かにその時、その場に生きていたことを知っているからである。同窓会の意味はそこにある。たとえどんな自分だったとしても、「生きていた」ことは確かだからだ。それに比べて今の私の不確実なことはどうだろう。食後はコーヒーか紅茶かで決めかねている。過去は大地のように確実である。しかしそれだけでは生きているとはいえないことも知ってはいる。

2020年2月18日 (火)

本当の自分

本当の自分はいったいいるのだろうか。今私が意識している私は、私のほんの一部分にすぎない。実際には、ちょっと格好をつけて椅子に腰かけている私である。寝ているとき、失敗して恥をかいているとき、惨めだったり、失望しているときの私など出会いたくないとも思っている。そうして弱いくせに強がっている自分も自分なんだと受け入れること、それが統合された自己なのである。

2020年2月17日 (月)

自己

自分のことはわからないものだ。自分で嫌だと思っていた点を、そこがいいところだよ、と人から言われてハッとさせられたり、その反対にしゃんと立っているつもりが、背中が曲がっているよ、などと気にさわることをいわれたりもする。前者の方が心に優しいが、後者は嬉しくはない。それを昔の人は、良薬は口に苦し、と言っている。

2020年2月16日 (日)

要求

子どもたちの絶え間ない要求を目の前にして、大人はたじろいでしまう。その心理とはいかなるものか。それは、かつて親自身も欲しいと親に訴えたときに却下されたことを思い出しているのかもしれない。欲しいと泣き叫んでいた惨めな自分を見ているのかもしれない。あるいは、今この場所で訴えに屈してしまえば、今日を境に子どもの要求に屈し続けてしまうかもしれない、という妄想への恐れかもしれない。いずれにしても、自分を子どもの姿の上に投影していることだけは事実のようである。それに応えている親御さん方には頭の下がる思いである。

2020年2月15日 (土)

自己主張

店内で、「買って!」と訴えている子どもの心理は、このオモチャにすごい価値を見いだした!というものだ。大人が、冬物のバーゲンセールで、黒のVネック・Lサイズ・半額・好みのブランド品というすべての条件が重なったときの心境であろう。子どもたちは、それをうまく表現できず、体で訴えているのである。その言葉を正確に読むことが大人の分別なのかもしれない。

2020年2月14日 (金)

失敗

長い人生の間には、誰もが失敗をする。そんな経験はないという人はどこかで誰かに補ってもらっているかもしれない。どれほど準備万端怠りなくしてもするときはするのが失敗である。それをいちいち咎める人の心境はなんなのだろうか。失敗の訳けをフロイトが明らかにしてくれたおかげで気持ちは軽くなった。それらがすべて無意識の仕業であることを私たちに提示してくれたからである。ついでに咎める人の心理まで語ってくれた。人類にとってフロイトは最大の功績者ではないだろうか。

2020年2月13日 (木)

発見

なにかを発見するたびに、子どもたちは親に向かって「聞いて、聞いて」と訴える。発見したことを親御さんに聞いてもらうことで、子どもたちは自分の感動を感動として受けとることができるのである。それを聞き続ける親御さんはたいへんである。子どもは感動を親の顔の上に見るのだ。親と共に笑い、泣き、感動することで、長じてから感動の毎日を過ごすことになるのである。私たちにもかつて発見の毎日があったはずである。

2020年2月12日 (水)

聞く

人の話を聞くことは簡単なようで難しいようだ。その理由は、聞く側にも聞いてほしい話がたくさんあるからである。黙って一時間自分の話を聞いてくれたという経験がある人は幸せというべきであろう。ほとんどの場合、相手の話を聞いてあげたつもりで、自分の話をしていた、ということが大半であろう。沈黙を守ることが大切である。

2020年2月11日 (火)

たわいない話

人間の心の中にはたわいない話がいっぱいつまっている。とくに子どもたちはそうだ。道の真ん中に何が落ちていた、などの話をして飽きることがない。それらを心に秘めておくだけでなく、誰かに聞いてほしいとも思っている。発見の喜びを共有してほしいからだ。それらを親が聞いてくれたという確信が子どもの心に植え付けられれば、その子はきっと、心のそこに渦巻いている苦しみや悩みを告げることだろう。今日も話を聞いてあげよう。

2020年2月10日 (月)

想像

誰かが待ち合わせ場所になかなか現れないとき、どうしたのかと周囲の人たちは想像を巡らす。やっとのことで当人が現れて事情を聞くと、皆が考えたのとは全く違う理由だったということがある。待ち合わせの場合だけでなく、自らの将来のこと、会議のプレゼンテーションで発表がうまくいくかどうか・・未来のことなど分かるはずもないと知ってはいても、人は想像を巡らし、場合によっては悪い方に考えたりする。そんな時、想像をいったん止めることも必要ではないか。ただあるがままに今を見つめること、それが大切ではないだろうか。

2020年2月 9日 (日)

暗示

言葉のなかに生きている私たちは簡単に暗示の影響を受けやすい。子どもたちももちろんその影響を受けている。「そっちに行くと転ぶよ」とか、「食べ過ぎるとお腹がいたくなるよ」などの言葉をどれほどかけられてきたか知れない。転んで失敗した原因は自分であり、欲望を出した自分が痛い思いをすることを学ばされてきた。もしこの時、そっちに行くと新しい発見があるよ、とか、欲望を出すのは良いことだ、と言われたら、きっと私たちの人生はまた違ったものになっていたかもしれない。

2020年2月 8日 (土)

イライラ

もし私たちが感情をなくしてしまったらどうなるだろう。コンビニの店員が、客から怒鳴られても平気である。高速道路上であおり運転をされても平然としていられるだろう。イライラすることも心が傷つくこともなくなるのだ。さっさとするだけでよく、マイペースで自車の車線を淡々と走るだけでいいのだ。思い遣りも悲しむことも感動することもなくなるだろう。私たちはその折り合いの地点を見つけあぐねている生き物である。

2020年2月 7日 (金)

時間

私たちは時間に従って生活している。この「従っている」ということは、従わされている、と言い換えてもいいだろう。「時間になったから出かけなくては」、という場合のその「時間」とは、自分で決めたものなのに、当の自分が従わされている。しかし、自分で決めた「時間」がなければ、自分で自分を押し出すことはできないのだ。私はいったい誰なのか。

2020年2月 6日 (木)

一文字

人間はある一文字を生きている。「優」の一文字を生きる人の人生・言葉遣い・身のこなし・・すべての中に「優」が存在している。その人は、言葉遣いが優しい、とか、振る舞いがどこか優美、などと人から言われることだろう。もちろん本人がそれを意識することはない。自分の中に刻まれた一文字はいったいどんな文字なのだろう。

2020年2月 5日 (水)

沈黙

話の最中に人はしばしば沈黙する。そのあいだ何をしているかというと、あの話をしたら笑われるだろうとか、この話は相手に関心がないだろうなどと考えているのである。そこで聞き手がなすべきことは沈黙を守ることである。それによって語り手は内容を整理整頓することができる。もしそこで最近どうですか?などと言えば、語り手の頭は混乱するだろう。話は最後まで聞く、これが原則である。

2020年2月 4日 (火)

記憶

どこかで食べたステーキが美味しかったというとき、私たちは味で記憶しているのだろうか。残念ながら味は覚えていないらしいのだ。なにで記憶しているかというと文字である。「美味」という文字でしか覚えてはいないのである。だから、どこかでステーキの文字を見た瞬間にその記憶がよみがえってくることになり、後日その店に足を運ばせる原動力にもなるのである。その記憶と目の前にあるステーキ弁当の味とを比べながら、こっちの方が固いか柔らかいかを比べている、それも文字なのである。こう考えると、私たち人間は文字を食べる生物と言えるかもしれない。

2020年2月 3日 (月)

移動するたびに寄り添ってくるもの、それが影である。日差しの強い国ではこの影はひときわくっきりするらしい。目も鼻もない変なものとはいえ、紛れもない私自身であることは否定できない。それと毎日対面しているのが夢である。決して自分とは認めたくないシャドウに出会える場所である。見たくない反面見たくもある自分自身である。

2020年2月 2日 (日)

歓声

トンネルを抜けるたびに子どもたちが歓声をあげる。感動が声帯に直結しているかのようだ。大人の感動はいろいろな抑圧のせいかチラッと見てそれでおしまいだ。感動を感動として受け止めるためにはいつも白紙の心でいなければならない。まっさらな心に真っ白な雪景色が豊穣の塊となって心に迫ってくることだろう。

2020年2月 1日 (土)

体験

人として生まれて、体験したいことの一つや二つはあるものだ。毎日が日曜日というのはどうだろう。趣味に明け暮れる、一日中寝ていたいなどなど、最後のそれは若者にしかできないことらしいし、ほかのことも体験してみれば10日ほどで飽きると聞いた。聞くと見るとは大違い、ほぼ理解不可能な世界らしい。仕方がない、それらは最後の10日のためにとっておこう、などと実現できない今をあきらめている。


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