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2020年3月の31件の記事

2020年3月31日 (火)

潜在能力

人間は生まれながらにして全ての可能性を持って生れてくるが、そのうちのほんの一部分しか発揮できないまま生きている。潜在能力と呼ばれるものである。アビガンと呼ばれる薬が中国で特効薬として認定された。その薬を開発したのは富士フィルムの子会社である。フィルムメーカーと薬、これが潜在能力である。われわれの中に眠っているものはいったい何であろうか。それが分かったとき、わたしたちはまた新たな人生を歩むことになるであろう。

2020年3月30日 (月)

知る

自分のことを正確に知りたい、とだれもが思っている。その反面、知りたくないとも思っている。もし、知りたくない面ばかり見せられたらきっと毎日苦しくて仕方ないだろう。そんな自分を見ないようにしながら、何でも知っているような顔をして生きている。

2020年3月29日 (日)

適性

自分の適性は何だろう。それをはかるための検査がある。記入しようとしても本心で記入しているとは限らない。「人に親切なほうだ」、「物事を真剣に考える方だ」という質問に、つい格好をつけて⚪印をつけていないだろうか。人間は両面で生きている。そう聞かれても悪い方に書くわけない、などと思いながらもやはりいい格好したい。自分のことはわからないのだろうか。

2020年3月28日 (土)

私という人間はいったい誰なのだろうか。店の店員に注文しているとき、私は客である。会社の上司の前では部下、ゴルフの練習場で教わっている私は素人であるが、あとから入ってきた人の前ではどこか先輩面をしている。同窓会になどに行ったらたいへんだ。先輩、後輩、同級生、クラブのキャプテン、マネージャー・・その渦のなかに飲み込まれたら最後、私という存在など海の藻屑となってしまうだろう。藻屑などまっぴらごめん、私は私でありたい。さあ私とは誰?

2020年3月27日 (金)

忘却

人間はすべてのことを記憶しているわけではない。朝何を食べたかを忘れ、出がけにスマホや家の鍵を忘れ、人との約束・名前など忘れてばかりいる。そんな失策行為を全部覚えていたら自信を失ってしまうので、忘却するようになっている。忘却とは、自信を失わないための大切な機能なのである。

2020年3月26日 (木)

癖とは習慣である。私たちが日本語をしゃべるのも習慣といえる。一番身近な人の習慣を真似しながら私たちは成長した。習慣にも言葉にもよい・悪いはある。そんな区別もつかないまま、そのまま取り入れている。したがって癖にもいい・悪いがあって、私たち自身がそれに気づくことはない。もちろん、それを次の世代に伝えていることに気づかないままに、である。さあ、どうするか。

2020年3月25日 (水)

真意

人と会話してもなかなか真意が伝わらないことが多い。こちらが、「伊集院光」と言っているのに、相手の耳には、「20円拾う」に聞こえていたりする。「知らなかったの?」と言われて、自分の無知さを指摘されたと感じたりすることもあるだろう。もし、真意を伝えようとしたらものすごい量の情報を言わなければならないだろう。真意はいったいどこに語られているのだろうか。

2020年3月24日 (火)

盛る

話を盛る、という表現があるとおり、人は少し誇張した言い方をする。煮え湯を飲まされる、遠くに飛ばされる・・そうした表現をおかしな言い方だと思わないのは、私たちがそうした言い方を好んでいるからである。逆にいえば、淡々とした語り口の方が真実を語っているとも言えるだろう。子どもが、嫌なんだ・・と言ったら、その一言のなかに膨大な量の苦しみが隠されていることに気づいてあげなければならない。

2020年3月23日 (月)

愛想

その天婦羅屋のマスターはとにかくしゃべらない。あまりしゃべらないのでとうとうこちらがしゃべってしまった。天婦羅油が他店とは違うのですか?の問いには、一番安い油で・・。あちらのスタッフさんはご子息さんですか?には、息子というか、子どもというか・・何といったらいいやら・・といった具合なのだ。しかし、味は絶品。味はいいが愛想はない。年齢を聞けば あなたと一緒・・と返ってくる。店を出ようとした私の顔を一瞥して、40年くらい前にお店にきてくださいましたよね、の一言。私は少し機嫌をよくして店を後にした。

2020年3月22日 (日)

見分ける

マスクをしていても、向こうからくる知り合いを見分けることはできるだろう。それが見出だす機能だ。一番の見分け所は目。もし、サングラスをしている相手を見分けられたとしたら、いったいどこで見分けているのだろう。ある部分が隠されていたらきっと物腰や体型、歩き方などで見分けているに違いない。子どもたちもゲームのキャラクターを瞬時に見分けている。その心的作用こそ関心と呼ばれるものではないだろうか。

2020年3月21日 (土)

聞いてほしい

なんとか乗りたい電車に間に合った、とか、車内で座ることができた、などということを一人で思うだけでなく、隣の人につぶやきたくなるものである。相手からすれば、それがどうした、と言われようと言いたいことのひとつや二つあるものだ。それを、良かったねと聞いてくれるだけでいい。喜びが二倍になるからだ。重大な話とは別に些細ではあるが、聞いてほしい話で頭のなかはいっぱいなのが私たち人間である。

2020年3月20日 (金)

本物

音楽家の部屋のスピーカーは意外なほど質素である。いたるところに数百万円クラスのヴァイオリンが並んでいる、その隣にCD ラジカセがおいてあったりする。プロはその音から名器の音を響かせることができるのであろう。それはそうだ。音符を見ただけで壮大な楽曲を頭のなかで奏でることができるのだから。そう考えると、相談者の声は嘘偽りのない本物の心の声なのである。

2020年3月19日 (木)

復唱

レストランなどで、自分が注文した品の名が店員の口で復唱されると、安心すると同時に嬉しい気分にもなる。ある店で、こちらは「牛丼アラカルト・デラックス」と名乗ったにもかかわらず、厨房に向かって店員が叫んでいるのは、「アラカルト・ナンチャラ・カンチャラ!」であった。昔、母親に向かって「ラーメン作って」に対して、「うどんで我慢して!」の言葉を思い出してしまった。復唱してほしかったな!

2020年3月18日 (水)

追われる

人は何かに追われるようにして生きている。ブログの締め切りに追われ、約束に追われ、宿題・納期・食事の準備・薬を飲む時間…追われっぱなしである。そんな制約から逃れることができたらどんなに幸せなことだろう。などと思いながらも、もし追われることがなくなり、さあ、これからは何をしてもいいですよ、急き立てることはいたしませんよ、という時が来たらいったいどうなるか。やり遂げた、とか、時間通りにできた、約束を果たせたなどという実感を感じなくなるかもしれない。何かに追われる、その何かとは、自分そのものに追われているのである。

2020年3月17日 (火)

強さ

自分は強い人間だと思っている人はどこかで無理をしているのかもしれない。弱いとつぶやく人もある面では強さを自覚しているのかもしれない。人間には良い面や悪い面、強い面や弱い面の両面があって、そのいずれかをその場で使い分けて暮らしている。したがって心底強い人とか、まったく弱い人などいないのである。本当に強い人はだれかというと、それは自分の弱さを知っている人ということが言えるだろう。

2020年3月16日 (月)

私たちの身の回りは音であふれかえっている。電車の通過音・工事現場の機械音や人の話し声・・それらをいちいち聞いていては混乱するので、聞いていても聞いていないという離れ業を耳はやってのけている。実にあっぱれな機能を我々は搭載しているのだが、ときにそれが機能しなくなる。それが説教・こごと・苦情の類いを耳にしたときだ。それらを、うるさい、とか、聞きあきたなどと反応せず、春の風が通過したかのように変換させてしまうイヤホンでもあればよいのに。

2020年3月15日 (日)

ぼやき

私たちはいつの間にかぼやいている。頭のなかでぼやき続けている。それが時々口をついて漏れ出してもいる。しかしそれが心の健康にはいいのだ。一方それを聞く側はたまったものではない。そんなことを言われたってこちらも忙しいんだ・・とこちらこそぼやきたくなる。ぼやきとぼやきとがこんがらがって空中を漂っている。

2020年3月14日 (土)

解放

人間の心の中には、言えずにいることがいっぱいつまっている。言いたいことがあるなら言えばいい・・というのは第三者の勝手な思いだ。そうはいかないのが社会というもの。言いたいことを言うとスッキリした、と多くの人がいう。それが心の解放である。そんなことを言ってはならない、ではなく、おおいに言うことが精神の安定には必要である。

2020年3月13日 (金)

顔色

私たちはどれほど人の顔色を伺いながら生きてきたことか。目上の人の顔色だけではなく、ショップの店員に好かれよう、とか、友達に嫌われたくないなどと考えながらどれほど自分を犠牲にしてきただろうか。他人の顔色など無視しよう、などとタンカを切ったところで、やはり気になるのが他人の顔色だ。見ざる、聞かざる、言わざることは難しい。

2020年3月12日 (木)

発見

どんな本でもいい。バッと開けばそこに何かの言葉が目に飛び込んでくるはずだ。神の啓示にも似たその言葉が明日の目標になるだろう。発見できなければそれはそれでよい。いつか発見のときが来るのを待とう。それも啓示だからだ。

2020年3月11日 (水)

習慣

人は誰もが習慣に従って行動している。というより、従わされていると言ったほうがいいのではないか。男は黒っぽい服を、女性はカラフルなそれを、というように、当たり前のように習慣化されている。思い切って個性的な服やユニークな発想をしたとしても、その居心地の悪さは例えようもない。個性を発揮するところはあるのだろうか。

2020年3月10日 (火)

褒める

「自分は褒められて伸びるほうなのです」という人もいる。「厳しくしてください」という人もいる。誰もが褒められたいと思っているのではないか。プロの料理人に、「料理が上手いですね」と言ったら「当然」という顔をするに違いない。子どもたちは褒め言葉をかけられることで生きている。褒められたことだけが好きになるからである。先日、昼食を食べ終えた私に向かって、サンマの食べ方が上手いですね、と店員が褒めてきた。私は思った。何年食べてきたことだろうか、と。

2020年3月 9日 (月)

満喫

満喫した、と思った次の瞬間にまた次の不満がおそってくる。しかしその不満こそが次の欲望の源になるのだ。もし満たされたまま、ということがあれば進歩はなくなるだろう。子どもたちだけでなく、私たち大人だって満喫することはないのだろう。刹那とはほんの一瞬のことを意味する。切ない、の語源にもなっている。

2020年3月 8日 (日)

影響

人は誰しも周囲の影響を受ける。それだけではなく、自分でも自分自身に影響を及ぼしている。「試験に合格しないかもしれない」などの言葉を言いながら、「合格しない」ことが前提になっている。その言葉が自分を規定しているのである。それらの言葉が「私はOK」とか、「自分は誰からの影響も受けない」という言葉を凌駕してしまい、知らないうちに「合格しない」ことにしてしまっているのだ。そのことに一番気づかないのが自分自身であることにも気づけないままに。「噂をすれば影がさす」といわれるとおり、その話が実現してしまうのである。よいことだけを話せばいいのに、なぜか人はマイナスな話を好む傾向があるのである。

2020年3月 7日 (土)

直面

人間だれでも直面したくない問題を抱えている。かつて学校の試験が近づくとその場から逃げ出したくなる思いだった経験は誰にでもあるのではないだろうか。我慢できた訳は、いつか終わることを知っていたからである。大人になると我慢するかわりに先伸ばししたり、誰かに責任をなすりつけたりする。どんなに逃れようとしても逃れられない問題がある。それは何か。

2020年3月 6日 (金)

ファイナル・アンサー

ミリオネアという番組で、司会者のMが回答者にこう尋ねる。「ファイナル・アンサー?」。その瞬間のことをかつての回答者がこう回想する。「その一言で自信が揺らぐ」と。人は他人の賛同が得られないと自信は揺らぐのだ。私たちは今までどれだけ、「大丈夫?」とか、「それでいいのか?」の言葉で自信を失わされてきたことだろうか。

2020年3月 5日 (木)

我慢

人間の心のなかには、言いたいことや、したいことがうずまいている。そのなかで実現できることはほんのわずかだ。上司になぐりかかりたいし、悪態の一つもつきたいと思っている。厳しく制限されているそれらをどう発散させるかが問題である。カラオケに行ったり、スポーツ観戦などで発散しているのかもしれない。語るのが一番なのだが、聞いてくれる人にも語りたいことがあるものだ。ストレスを幼い子どもたちにぶつけることだけはさけて欲しいものである。

2020年3月 4日 (水)

はずす

「そのようなことを言うのはあなただけです!」と、クライアントさんからよく言われる。セラピストは世間の常識とははずれたことを言うらしい。「だからホッとできるのです」とも言われる。世の中は、あれはしてはいけない、こうすべき、するのが当然・・否定とべき、当然だけで成り立っている。それを全部はずしたとき、何かが見えてくる。

2020年3月 3日 (火)

向上心

誰にもあると思っているものが欠点だ。と同時にそんなものはないとも思ってもいる。それが向上心だ。人から、あなたは素晴らしい、と言われて嬉しいのは、欠点を克服しようとしている自分を認めてくれている人がいるという嬉しさである。人はそう言ってくれる人を求め続ける旅人なのかもしれない。

2020年3月 2日 (月)

レア物

レア物とは、珍しく、めったに手に入らない商品のことを言う。落語でも、「あるはずのないものがあるから珍しいのです」と骨董の話をしているくらいだ。中には、秘密にしているだけでは物足りず、身に付けたりして人に誇りたくなるものこそレア物であろう。先日もそれを抱えて歩いていたらやたらに視線を感じる。それにとどまらず、ついに声をかけられてしまった。「それはどこで手に入れたのですか?」と。私は「マツモト⚪⚪⚪」です、と答えた。相手が「オイル・ショックのときもたいへんでした」と話を続けようとしたので、「早くしないと売り切れますよ」とアドバイスをして話を打ち切った。

2020年3月 1日 (日)

見る

人によって見るものは異なる。着るもの一つとっても、ある人は色合いを見ており、別の人はサイズを、また別の人は60%オフの赤い札を見ている(私)。それぞれの価値観を基準にして組み合わせ、妥協し、ため息をつきながら見ている。高価なものにしか興味がなければ、赤札は目には入らない。たまには違ったセンスのものを、と思ってもなかなか変えられない自分が、今日も洋服屋のなかでさ迷っている。

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