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2020年10月の25件の記事

2020年10月24日 (土)

瞬発力

ある事象に対してすぐに反応する力が瞬発力だ。それはよくスポーツに喩えられる。ボールや相手の動き、さらに仲間の位置などを瞬時に察知し、考える前に体が反応していることを言う。いちいち考えていたのでは間に合わないからだ。スポーツに限らず自然のうちに私たちがしていることだ。さらに動作だけでなく、思考にも応用すればすべてがスムースにいく。加えて頭の活性化にもつながるのである。

2020年10月23日 (金)

発想力

人はどんな時に発想力が高まるだろうか。それは困難に直面したときである。脳が一斉に働き出すのだ。普段の脳はテレビの待ち受け画面状態。もし困難に直面したときにどう対処すべきかのアイディアはいったいどこからやって来るのだろうか。どこかにそのモデルがいたはずである。

2020年10月22日 (木)

見えないもの

私たちは見えないものに囲まれている。細菌などはその代表だ。生命の起源などと言われても見えないに越したことはない。それ以上に見えないのが無意識。相手の心が見えない、真意がわからないなどと嘆く他はないのだろうか。それを知るための方法はないものだろうか。

2020年10月21日 (水)

自分

身の回りにあるものはすべて自分である。綺麗なものを手にしていればそれも自分。使い勝手のよいものが手近にあればそれも自分である。同じ道具でも、どっしりしたものが好き、軽量のものが好みという場合でも自分を表している。反対に、見えないものも自分である。それが他人からはハッキリ見えるのである。

2020年10月20日 (火)

通じない

言葉が通じないと感じるのは、例えばマクドナルドの店での店員とのやり取りのときだ。店員の言葉が理解できない。私の狼狽ぶりは外国に一人ポツンと旅に出たときに似ている。クライエントさんが訴える、人と話をしていて言葉が通じない、とはこのような状態をさすのだろう。怖い話である。

2020年10月19日 (月)

決める

品物を選ぶとき店員に相談することが多い。専門家としての美学を見る思いがする。店員の口から「これがベストです!」と確信に満ちた声で語られた先にある品物が輝きを増すようにも感じられる。もちろん、信頼関係が構築されていることが必要だ。私たちは品物を身につけているようで、店員の言葉を身に纏っているのかもしれない。

2020年10月18日 (日)

背中を押す

背中を押す、とか、頭を押さえられるなどと、身体部位で表現することは多い。そのなかで、実行すると決まっているのに、なかなか踏み出せないとき、誰かに促してもらうことをこのように表現する。それによって、すごろくのように前に進むことができる。そのとき、押してもらったひとの中にある変化が起きる。それが変容。変容した自分に出会うのである。その姿を検証することが未来との対話である。

2020年10月17日 (土)

言葉の力

私たちは品物の内容よりも言葉の方を優先している。ファッションなど美的なものは特にそうだ。ただの布、とか、牛の皮などと原材料を指摘してはいけない。ブランドはブランドだから価値があるのだ。そうでなければ、品物の表面に会社名を入れる意味がなくなってしまうではないか。私を含めてすべての人がロゴマークを見てはニヤッとしたりしている。

2020年10月16日 (金)

際限

人間の欲望は際限がない。買ったそばから新製品が登場するからだ。今まで持っていたのは何だったのかと思われてしまうほどである。それもすべてコマーシャルのせいであることは知っていて、新しいもの=善であるかのように我々の頭の中にインプットされている。その力に抗し切れずにいるのが私たちである。今日も広告から自由でありたい。

触れる

モノを買うとき私たちは手に触れてから買う。触ったところでそのモノ自体を確かめることはできないことはしってはいる。通販で触ることなく買うことができるようになった今でも、私たちは触らずに買うことはできないだろう。反対に、人と人との触れ合い、などといっても実際さわったりはしない。触る、の起源は何なのだろう。

2020年10月15日 (木)

ルール

締切りの直前になってから仕事をする人と、早めに済まして、あとの時間をゆっくり過ごす人とがいるだろう。前者は時間に追われていて、後者は追われていないように思われるが、どちらも自分で決めた締切りに向かって作業しているに過ぎない。だから、締切りギリギリまでしない人を見て責める必要はない。自分で決めたルールに従っているだけと受け取ればよいのである。

2020年10月14日 (水)

追われる

私たちは時間に追われっぱなしの生活を送っている。電車の時刻に追われ、次のお客さんとの待ち合わせに、子どもたちと遊ぶ時間に・・。時間というえたいの知れないものに支配されている。そしてそのことに気づかないまま自分の体を動かされている。もし、時間というものがなかったら、私という存在はいったいどうなるのだろうか。

2020年10月13日 (火)

お宝

人にはその人だけの「お宝」がある。ある人にとっては、水道修理の宣伝文句が印刷してあるマグネットがお宝であり、冷蔵庫にたくさん貼っていたりする。別の人は、今は流行らなくなった店のマッチが目当ての品だったりする。それが他人の目にどう映ろうと一向に構う様子もなく収集に励んでいる。しかし、多くの人が集めているものは実につまらないものばかりである。そんなものを集めてどうするの?などとお互いがお互いの収集物を批判しながら、毎日眺めているもの、それはいったい何か。

2020年10月12日 (月)

美味しい

昼食抜きで仕事したあと、いつもの食堂でカレーうどんを注文する。深みのあるインドの歴史が体中にしみわたる。こんなにうまいカレーうどんを食べたのは初めてだと感じている目の前の厨房で、店の主人がゴミ箱にボンカレーの空き箱を捨てている。

2020年10月11日 (日)

叫ぶ

人はなぜ叫ぶのか。それは心に侵入した強烈なエネルギーの放出である。大きな音への驚きを胸にためていられないからだ。精神の健康を保つ方法である。しかしいつも叫んでばかりいられないときはどうすればよいのだろうか。平然としている人はいったい心のなかで何が起きているのだろうか。

2020年10月10日 (土)

順応性

機械への私たちの順応性は驚くべきものがある。車が変わっても、スイッチやシフトレバーの位置などにすぐに順応してしまう。なぜかといえば機械は変わらないから。スイッチ類があちこちに移動しないという確信が私たちを支えている。「車が自分を待っている」、などと車好きは言うのもむべなるかなである。一方、人間の方はどうだろう。毎日が気分次第。言うことはコロコロ変わるし、怒ったり泣いたり・・世の中の人はよくいろんな方々とお付き合いができるな~!などと機械は呟いているのではないか。

2020年10月 9日 (金)

忘却

どれほど豪華なソファー、シャンデリア付きの部屋(住んだことはないが)でも三日もすれば感動は忘れてしまうという。たまに訪れる人の目には輝いて見えても、使う人の目には馴れてしまうのだ。反対に、普通のモノに囲まれてなんら違和感を感じないのも馴れである。豪華でも普通でも馴れから脱出したくなったときが買い換えの時だ。それが短いのはなぜなのだろうか。

2020年10月 8日 (木)

多彩

スーパーに行くと品物の多いことは目を見張るばかりだ。何でもあるし、醤油一つとっても牡蠣醤油、だし醤油、しそ醤油・・それぞれが自己主張している。いつも選ぶのは一つに決まっていても見ているだけで楽しい。もし一つの種類に一品目しかなかったとしたらこの世はさぞ味気ないことだろう。人もみなそれぞれ。どんな人にもその人の人生がある。否定されるものではない。

2020年10月 7日 (水)

原因

ストレスの原因は表面に現れてはこない。そのことに触れることはタブー視されているからだ。そこで他のことに責任を転嫁して、すました顔でいる。例えば、仕事は嫌い、とは言えないので、重いものを持ったから、とか、長時間イスに腰かけていたから、などと理由をつけがちである。では、なにもしたくない、というメッセージはどこで吐き出せばよいのだろうか。

2020年10月 6日 (火)

近くの商業施設に向かった。市の商品券交換をするためだ。当然店内で迷う。そのとき曲がり角からロボットのアシモが現れた。ビックリして道を譲ろうと身をかわした。もし衝突して壊したりしようものなら、億単位の保証を求められるだろう。聞いた話では、アシモと衝突しそうになって、人間のほうがとっさに床にスライディングして難を逃れたことがあったらしい。クワバラクワバラ・・ぶつからなくて幸いであった。私は、これを試してみようと思い、アシモの耳に向かって、「◯◯市商品券交換」と、葉書に記載してあった通りに言上した。ロボットからは、「嘘です!」とのすげない返事。係員の言い訳は、新入社員なもので・・、と。それを聞いて少しも腹立たしく感じなかったのは、相手がロボットだったからなのか、それとも、こちらの老化のせいなのか。


2020年10月 5日 (月)

人は過去の記憶に悩まされている。フロイトの言葉である。その一方で、私たちはそんなことはなかったと思い込んでもいる。この二つの力較べの結果、なかったことにしておこうという考えが勝ってしまい、ノンビリと暮らしている。しかし、そのときに受けた心の傷は、胃が痛い、足が痛いといった身体症状で訴えている。分析とは、症状を見て、過去の記憶を読み解く作業なのである。

2020年10月 4日 (日)

丁度よい

丁度よいものはありそうでない。使用している運転用の手袋の一組は、ハンドルとの密着がよくて安心感がある、その反面、カーブし終えたあとでグリップを緩めるとハンドルとの摩擦でハンドルとギクシしてしまう。他の手袋はその反対。曲がるときは滑って仕方がないが、曲がり終えれば気持ちよくハンドルに触れていられる。前者は擦りきれるのが早く、後者は長持ち・・二つの長所をあわせ持つ品を見つけることは難しい。

2020年10月 3日 (土)

勘違い

伝言ゲームで経験済みのことを日常私たちはしている。それが勘違い。すべてを自分に都合よく解釈している。年齢を実際より若く言ったりその反対に思い込んでいたりすり。それによっていくばくかの安心を得ている。それでいいではないか。迷惑さえかけなければ・・これも勘違いかもしれない。

2020年10月 2日 (金)

注文

いつもの食事場所で、いつものように焼鳥を注文したところ、「切らしてしまいました」とのすげない返事。隣席ではくだんの焼鳥が4人前テーブルに並んでいる。私と店員とが隣席に目を移した瞬間、隣席の談笑の声がピタリととまる。彼らにとってその食事はきっと最悪の晩餐になったことだろう。

2020年10月 1日 (木)

変化

友達と久しぶりに会ったときに感じることは、変化だろう。もちろんこちらも変化している。子供時代と同じだとしたそれも怖い話。役職、家族構成、住まい、嗜好・・人間は変化の生物。皮膚や骨が更新されるように、考え方も変化してよい、むしろ大変化をとげるべきである。昨日より今日、今日より明日と変化し続ける姿こそ生きている証拠なのである。

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