« 2020年10月 | トップページ

2020年11月の29件の記事

2020年11月29日 (日)

浮き沈み

人の心は一定ではない。常に浮かれたり落ち込んだりの連続だ。ずーっと変わらない方が珍しい。落ち込んでいるのはバランスを取っている最中だ。人から、元気出して!などと言われても困る。そっとしておいて欲しい。そのままにしておいてあげることを見守るというのである。

2020年11月28日 (土)

しるし

行楽地などのベンチのそばの看板に、「席の取り置きはご遠慮ください」と書いてある。そのベンチにハンカチが置いてある。「この席には座らないで」という誰かの主張が書かれてあるようなものだ。私たちはそこに意味を読みとっている。ハンカチ一枚が人に安心感を与えたり、命令されたように感じさせたり、文字の力は絶大である。

2020年11月27日 (金)

饒舌

気分がよいと人は饒舌になる。子どもたちは特にそうである。大人だって興味のあることや仲間、環境に恵まれれば自ずと饒舌になる。ただ本人だけがそのことに気がつかない。人から、「今日のあなたはずいぶんしゃべっていましたね」と言われても、そうかな、と思う程度だ。饒舌になるとは関心のバロメーターなのかもしれない。

2020年11月26日 (木)

デッキチェア

家具屋をうろうろしている私に店員の「お試しください」という言葉にそそのかされてデッキチェアに座ってしまった。東南アジアのコテージなんかに置いてある籐製のあれである。はからずも寝てしまった。目が覚めたときに人間がダメになっていた。復帰するのに何日かかるだろう。

2020年11月25日 (水)

返事

紅葉がきれいな時期になりましたね、と誰かに言われれば、そうですね、と答えるだけでよい。そのとき、木の老廃物を葉っぱに託したために赤くなる、などと返事を返せば相手から怪訝な顔をされるだろう。紅葉の話の裏側に相手の本当に語りたいことが隠されているに違いない、と相手の目の奥を覗きこんだら、これも嫌な顔をされるだろう。とかくこの世は住み辛い。

2020年11月24日 (火)

あるがまま

空に浮かぶ雲を見て、あの部分がもう少し大きければ、とか、厚ぼったければいい形になるのに・・などと考えない。ただあるがまま見ている。雲はただそこにあるだけである。人間の世界だけが、あなたはもう少し仕事ができたら、とか、明るい性格でいてほしい、などと注文をつけてくる。私は私で長い年月かけてこの私になったのだ、とやかく言わないで欲しい、などと叫んでみてもただ秋の風に飛ばされるだけである。

2020年11月23日 (月)

影響(2)

言葉の影響を受け続けている中で自分によい言葉とそうでないものとを選択するのはたいへんだ。いちいち気にしないでいるにはどうすればよいか。それは呆けることだ。鈍感だねなどと言われたら喜ばしいことである。しかしいつも呆けるわけにはいかない。次の策は、好きなことに呆けるのがよい。

2020年11月22日 (日)

保証

普通の男性が駅の改札口で所在無げに立っている。そこに綺麗な和服姿の妻らしき人が近寄ってきたら、その女性が男性にとっての保証人になったのだ。逆もあるだろう。子どもが保証になったり、会社・組織・学校なども代用可能だ。私たちはお互いがお互いに保証し合っている存在なのかもしれない。

2020年11月21日 (土)

影響(1)

人間は言葉に影響されやすい。相手がつぶやくちょっとした一言で落ち込んだり、有頂天になったりして忙しい毎日を送っている。よい言葉だけ聞ければいいが、耳に蓋がないので全て入ってしまうのが困る。われわれは言葉の洪水を浴びせられ続けているのである。たまには雨宿りしたい。

2020年11月20日 (金)

気分

空が晴れたり曇ったりしても人間の気分は左右される。もし気分が変わらない人がいたとしたらそれはそれで少し怖い気もする。左右されても困り、されなくても困る・・ただその気分の変動を人に押し付けることが困るのだ。押し付けた側は気分がスッキリするかもしれないが、聞く側は落ち込むからである。

2020年11月19日 (木)

投企

私たちは自らを未来に投げてみたり過去に投げてみたり、振り返って現在に投げ返したりしながら自分を見つめている。その目は行ったり来たりしている自分を上空から冷ややかに見ている鳥の目である。こうなったらいいな・・でもそんなことは自分にはふさわしくないな・・今の自分とはいったい何者・・といった具合である。その時間がなかなか取れないまま、日々の勉強や仕事に没頭してきた。そうした時をときには持つことも大切なことではないか・・などと鳥の飛翔する姿を眺めながら考えている。

2020年11月18日 (水)

幻想

人間は幻想を抱く。幻想を聞かされた側は、また始まったとか、無理に決まっている、などと揶揄するので、いつの間にか人は幻想を語ることをやめてしまった。それだけでなく、抱くことさえしなくなった。しかし、幻想があるからこそそれに向かえるのではないか。ただし、幻想を語るにはしっかり耳を傾けてくれる大人が必要である。

2020年11月17日 (火)

大欲・小欲(3)

欲望とはモノにとどまらない。幼い子どもと母親が一緒に歩いている。横断歩道にさしかかり、幼い子どもが歩道橋を渡ろうと言った。母親は疲れるから信号が青になるまで待ってから歩道を歩くと言ってずんずん歩いて行くので子どもはしかたなく母親のあとを追う。小欲が吹き飛ばされた瞬間である。この子が、わたし一人でも歩道橋を渡る!と渡り切ればよい。そしてそれを母親が認めていたら、この子は大きな夢を抱く子になるだろう。

2020年11月16日 (月)

小欲・大欲(2)

大欲とは小欲の積み重ねの果てに実現するものではないか。私があと一口食べたいなどと呟こうものなら、四方八方から、やめておけ、という声が吹いてきた。その時私の小欲は微塵のように吹き飛ばされていたような気がする。そんな微塵の積み重ねもないまま、大きな夢を持てとは、難しい課題を世の中は突きつけてくるものである。

2020年11月15日 (日)

大欲・小欲(1)

欲望には大小ある。金持ちになりたいという大欲から、もう一口食べたいという欲望までさまざまだ。金持ちになってどうするとか、あと一口とは細かすぎ・・と言われようと欲望は欲望だ。人からとやかく言われる筋合いはない、などと言い返すことができていれば、私はとっくの昔に億万長者になっていたのかもしれない。

2020年11月14日 (土)

想像

想像とは、本人だけの中で起きているコトである。だから他人には思いやることができない。車を運転していて交差点に差し掛かったときなど、なかなか右折できないでいると、後ろの車が、「早くしろ」と言っているかのように感じたりする。そこで慌ててちょっとした間隔を狙い急に右折したりしてヒヤッとしたりする。ところが、自分がその車のすぐ後ろの位置にいるときにはそんなことは考えていない。立場が変われば焦りかたも変わってしまう。こんなときは、自分のしたいようにじっと待つことが大切な心得である。先日、高齢者運転講習で教わったことである。

2020年11月13日 (金)

感想

同じものに接しても人によって感想はさまざまだ。自分の経験と照らし合わせて感じているからだ。味・景色・体験・・自らのお腹のすき具合や修学旅行などの想い出と比較しながら語っている。当然行ったことのない場所などわからずじまいだ。こちらはただ聞くだけの身になる。大勢に囲まれて自分だけ取り残されて聞くにはどうすればよいのだろうか。

2020年11月12日 (木)

目標

私たちは日々目標に向かって生きている。目標には大から小まで出揃っている。暮らしの中ではそれらに優先順序がつけられている。人生どう生きるか、という目標よりも今晩のおかずは何にするかが優先順位一位である。明日の仕事の手順はそのつぎで、テレビ番組の録画予約はその間に割り込ませて・・などと入れ替え差し替え大忙しだ。その間にも子どもたちの世話が入りてんやわんやの中をよくやっていると我ながら感心してもいいくらいだ。そうしたことに忙しいので、人生の生き方などという大の目標がいつの間にかどこかに追いやられている。

2020年11月11日 (水)

潤滑油

日本語は潤滑油入りの言葉だ。お召し上がりください、ご機嫌いかがですか、などストレートに言ったら、非難されるほどの内容である。それらを私たちは何の苦もなく使うことができる。言われた側も、ことさら丁寧とも感じることなくサラリと受け入れている。それで世の中がうまく回っていることにも気づかずにボーッと暮らすことができるのは日本語のおかげだ。幸せなことと言ってよいであろう。

2020年11月10日 (火)

人は誰でも夢を抱いている。あふれんばかりに抱いている。それを誰かに語りたくなる。ところがその夢を他人は否定してしまう。宇宙から地球を見たいな、とか、世界中を旅してみたい・・実現するとかしないとか関係なく語りたいだけなのだ。その時間が実に楽しい。その話に相手がのってくれたらもっと楽しいに違いない。

2020年11月 9日 (月)

模倣

私たちは誰かを模倣しながら自分を作ってきた。ファッション・口調・歩き方・趣味・・すべて誰かのマネである。そうすることが安心だからだ。その一方で自分だけユニークでありたいとも思っている。その場合でも、他の人を基準にして違いを楽しんでいる。ところが江戸時代の髪型をしていたとすれば、その人は奇妙というレッテルを貼られるだろう。そう考えると、どれほどユニークであったとしても、ある狭い範疇に収まっているだけなのかもしれない。

2020年11月 8日 (日)

モノ

すべての道具類がたった一つで済むようであったとしたらどうなるだろう。洋服はたった一着でよく、靴や鞄・車・化粧品・調味料・・シンプルで誰と比較することもなく、エコに貢献した世界が現出することになるだろう。そうなったらきっとこの世は殺風景で変化も色彩感もない世界になるに違いない。モノに限らず人もいろいろな人がいるのがよいのかもしれない。

2020年11月 7日 (土)

昔の記憶

私たちの頭の中は、昔の記憶でいっぱいだ。その力が強烈なものほど思い出すことは困難を極める。したがって、思い出せることは大したことのないことかもしれない。次に思い出せることは、きっと苦々しい体験かもしれない。そして最後に絶対に思い出せないこともあるはずだが、それらはしばしば変形されて夢のなかででてきたりする。やはり記憶されているのだ。

2020年11月 6日 (金)

食事

食事のとき、私たちは五官を総動員して食べている。メニューの写真や文字を視覚で味わい、料理の匂いを嗅ぎ、口にして味はもちろん食感も楽しんでいる。食べる時の音も大切な要素だ。この牛肉の産地や風土などを頭のなかで想像もしている。単なる食事の中にもこんな感性を働かせていると思うと、卵かけご飯にも深い味わいを感じてしまうのだ。

2020年11月 5日 (木)

忘れる

苦しいことの記憶は消えないが、楽しかったことはすぐに消えてしまう。消えない、ということはその記憶が今でも自分のなかに生き続けているということである。楽しかった、というのは、すでに過去の出来事であり、今ではすっかり流れ去ってしまったことである。だから人は楽しいことを繰り返し味わおうとしているのかもしれない。

2020年11月 4日 (水)

幻想

私たちは幻想を抱きながら生きている。この服を着たらどんな風に人の目に映るだろう。このメニューを注文したら美味が味わえるはずだ・・といった具合にである。それは未来への期待であると同時に、自分への信頼でもある。もしそれがなかったら、私たちの生活は何も生み出せず、何も考えられなくなるに違いない。たとえその服が似合わなかった、とか、美味でなかったとしてもである。そしてそれが未来への期待に繋がるからである。こうして私たちは未来へ自分の期待を先延ばししながら生きている。それが長生きのコツなのかもしれない。

2020年11月 3日 (火)

真似

散歩しながら道端の木の幹に耳を当てて木の声を聞こうとした。樹木学者の真似なのだが、もちろん私には聞こえはしない。それを何度か繰り返してふと後ろを振り返れば、家族連れが同じことをしていた。あー!とんでもないことをまねさせてしまった。

2020年11月 2日 (月)

影響

人は言葉に影響されがちだ。ある人が名門ハンバーグ屋の店先に並びながら友達とカレーの話で盛り上がっていたら、前に並んでいる人が店内でカレーを注文していて、店員も本当にカレーでよろしいのですか?と念を押していたという。私たちが欲しいものは意外に不確かなようである。

2020年11月 1日 (日)

食欲

食欲の秋、などといわれても、食欲のある人はいつも食べっぱなしだし、ない人にとってはどんな美味美肴もえたいの知れないものとして目に映るだろう。ちょうどバレンタインチョコのごとく、食べましょうという誰かの作戦かもしれない。そんなことを想いながら今日は何を食べようか。

« 2020年10月 | トップページ

2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ