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2020年12月の31件の記事

2020年12月31日 (木)

コミュニケーション

人の価値観は人によって違う。ある人はブランド品が大好きであり、別の人にとっては着心地が最優先だ。この両者が話が合うとすればファッションのことのみだ。サッカー好きと野球ファンも同様だ。そこで互いの価値観を認め合えるかというとさにあらず。自分の価値観に自信があれば、相手の価値観をあっさりと受け容れられる。その意思疎通こそがコミュニケーション能力である。

2020年12月30日 (水)

見いだす

私たちはすべての物を見ているわけではない。その例がクルマを運転しているとき。対向車と次々スレ違ってもすべてのクルマを見てはいない。ただスレ違ってるな、とだけである。ところが、自分と同じクルマが通った瞬間、アッと思う、それを見いだす、というのである。それは自分を見ているのである。同様に、気になる人も自分である。それが自分自身だと思うか、思いたくないかは本人次第である。

2020年12月29日 (火)

知っている

私たちは簡単に、「知っている」と言うが、そのことを本当に知っているかどうかあやしい。ワインの銘柄がどうとか、画家の生涯がたいへんだったとか言うが、知っているようで知らないのが実際ではないか。一番知らないのは自分自身のことである。知らないのではなく、知りたくないのが自分のことなのかもしれない。

2020年12月28日 (月)

存在

月はこちらが見る以前には存在しない、という理論がある。それが最近分かる気がする。新品のタイヤの側面に泥がベッタリと付着していた。3日前対向車を避けるために左の泥道側に車を寄せたときのものに違いないと判断した。この3日間見ていないから泥はなかったのだ。見ない方がよい、しらない方がよい、などというのはこのことをいうのかもしれない。

2020年12月27日 (日)

忘れる

人はときにもの忘れする。何を食べたかを忘れ、人の名前を忘れ、結婚記念日・誕生日・・どんどん忘れる。もし忘れる機能が人間に備わっていなかったらたいへんだ。カップ麺の味・失敗したこと・恥ずかしかったこと・・全部記憶していたら楽しく生きていけなくなるではないか。記憶力が弱くてよかったと思う。記憶力が優れているという人を前にすると、私が言った言葉も覚えているかもしれないと思うとちょっと怖い気がする。私は頭が悪くて・・などと自己紹介されると、親近感を覚えたりもする今日このごろである。

2020年12月26日 (土)

選ぶ

モノを選ぶとき、私たちは何を基準に選んでいるのか。前回選んで美味しかったから、というのは自らの味覚を元にしている。その品物がないとき、仕方なく未知の商品を選ぶ。そのときの基準は何か。パッケージのデザイン・目にしたことのある会社・生産地・誰かが言っていた銘柄、それともただなんとなく・・それらすべてが基準である。店頭で他のお客さんが選択に苦慮しているとき、どれでもいいではないか・・などと呟くその隣で、私も私で苦慮している。そう、選択基準はみな違うのである。

2020年12月25日 (金)

好き

職業選択の条件は、そのことが好き、である。しかしその好きが曲者。好きと思っていたのは、実際には簡単にできてしまうことだったり、人より上手く出来てしまうことだったりする。得意、が、好きを上回っている可能性も否定できない。本当に好きなことはいつのまにか自然にやっていることであり、それが無意識になっていることなのかもしれない。

2020年12月24日 (木)

見られている

私たちは常に見られている。いつもモノから見られている。目の前のカレンダーを見ているようで、実は見られている。「この日付に何のご用?」と。見ているのは用がある自分自身である。今年もあと何日だ、と自分が自分に問いかけ、かつ答えてもいる。こらからも良いものから見られるようにしたいものである。

2020年12月23日 (水)

本当の私

目の前の仕事に追われていると、本当の自分が見えなくなる。その一方で、誰かに必要とされている喜びもある。後者の方が多くなると必然的に自分を出すゆとりがなくなってしまいがちである。私たちの人生は、両者の微妙なバランスの上に成り立っているのである。どうバランスをとればよいのだろうか。

2020年12月22日 (火)

摂り入れ

ファッションにしろ、生活習慣にしろ、私たちは他者の影響を強く受けている、という以上に、他者の真似そのものである。今着ている服は誰か素敵な人やモデルが着ていたもので、歩き方・しぐさなどでさえ誰かの真似そのものである。日本語を真似しながら覚えてきたように、オリジナルなき模倣の連続である。無意識的にそうした方が世間的には安心だからである。あまり奇抜過ぎず、没個性的すぎず、狭い範囲のなかで暮らしているのがわれわれではないだろうか。ときには奇抜さやユニークな面を発揮したいものである。

2020年12月21日 (月)

視覚

ロープウェイの乗客が訴える。上りのロープウェイの方が速い!中間地点で互いのロープウェイ同士がすれ違った瞬間のことである。隣の人が言う。すれ違い速度が倍になるからよ・・。言われた方にとって、学校で習ったことなどなんの役には立たなかったようだ。私たちは視覚に惑わされている。肩書・立派なパンフレット・・見た目にとらわれずに本質を見ることはできないのだろうか。

2020年12月20日 (日)

賭ける

競馬ファンはこれだ!と思う馬に賭ける。考えに考えた末賭ける。私たちがコンビニに並んでいるスィーツを選ぶときにも賭けている。いつも本命ばかり手にしているのではない。もしや、と思うウマそうなものに手をのばすこともあるだろう。賭ける対象は自分自身。漢字の「賭」はお金を自分に賭けることを意味している。これからも自分自身に賭け続けることにしよう。自分は裏切らないから。

2020年12月19日 (土)

タイトル

本屋で目にする書物のタイトルは自分を表している。「英雄の・・・」というタイトルの本を手にすれば英雄になりたいのだ。「キャンプ」というタイトルの本は、独りになりたい、都会から離れたいという意志の表れだ。もし、どんなタイトルも目にすることができなければ、目に飛び込んでくる日までのんびり待てばいい。

2020年12月18日 (金)

アドバイス

「元気出して!」て言われても出せないものは出せない。人はなぜそう言うのか。それは、元気ない相手の姿を見て、本来の元気ない自分を見てしまうからだ。あわてて、「元気出せ!」と言ってしまう。すなわち励ましている相手は自分自身である。見ている相手は自分。誰かの背中が曲がっていたらそれも自分である。自分だけはいつも格好つけていたい。

2020年12月17日 (木)

安定

人間は不安定な存在である。立っていること事態不安定である。世の中が安定しない、会社の経済が不安定・・人間存在そのものの宿命なのだ。だからこそ、安定させようと努力するのである。もし安定してしまったら、きっと努力することをやめてしまうだろう。人間とは自らのうちに矛盾をかかえている生物なのである。

2020年12月16日 (水)

失言

私たちはしばしば失言をする。人は、「そそっかしいからだ」などと揶揄してくる。フロイトは、失言にこそ本人の無意識、と擁護してくれる。その無意識なるものも、自分でも意識できない内容だ。一度意識化してしまえば恥ずかしい、とか、罪意識の感情が出てくるからである。知ってしまえば、な~んだ!と思われることでも、本人は真剣である。私の隣人も、年齢を聞かれて、「60歳」と答えていた。10歳もサバ読んでいるのに。

2020年12月15日 (火)

情報量

人が作業するとき、膨大な情報量を処理している。車を運転している最中もそうだ。前方に障害物はないか、先行車の動きはどうか、さらには、その先も想像していたりもする。それだけではない。後続車のことや信号機や交通情報までも目や耳にしながら手足を動かしている。そんなことができるのも、私たちはいつも危険と隣り合わせの状況にいるからだ。ときには情報を遮断してボーッとするのもよいのかもしれない。

2020年12月14日 (月)

メモ

わからないことがあると、どこにでも出かけて行き誰からでも教えてもらうのが私の習慣だった。本にも書いてないことを学者さんたちは知っていて、どこの馬の骨ともわからない私に教えてくれた。そのメモを父親に見せたところ、「お前どこで教わってきた!」と驚き、私のメモを奪いとると、次の授業のとき父は私のメモを片手に講義しているのだった。私は父には勝てないと思った。

2020年12月13日 (日)

逆算

約束の時間を決めるときなどに時間の逆算を行う。何時に誰かと会うためには、その数分前には着いていなければならない。そのためには駐車場からの時間だけでなく、どこかに立ち寄る時間や余裕の時間も加えながら分針を頭のなかで動かしている。この作業に必要なことは、計算している最中にそばの人がそれを遮らず、独りにさせてあげることである。なぜなら、その人は逆算しながら未来を見据えているからである。逆算は未来を描くためのたいせつな作業なのである。

2020年12月12日 (土)

天気予報

ラジオでもテレビでも気づくと天気予報を報じている。そこでは現在・過去・未来が語られている。「現在東京上空は・・」、「平年に比べて・・」、「明日以降は・・」といった具合だ。私たちは三つの次元に生きているのだ。天気予報が当たろうと当たるまいとそんなことはお構いなしに、それらを確かめないと不安なのかもしれない。それは、私たちの存在が極めて危ういものであることを表している。

2020年12月11日 (金)

文字

「フランス製」の文字を見てはわくわくし、「ドイツ製」と書いてあれば重々しい気持ちになったりしている。そんなインクの染みにしかすぎないものでわれわれは一喜一憂している。賞味期限・内容量・薬の効能書き・・それがない世界から逃げ出したとしたら、私たちは突然不安に襲われてしまうだろう。文字は私たち人間存在を支えている、という以上に存在そのものと言える。こんなことを考えながら時計の文字盤を見ながらそわそわしている。

2020年12月10日 (木)

居心地

動物たちの生態を見ると、とんでもないところで寝そべっていたりする。そこが彼らの居場所なのだ。詳しく聞くことはできないし、彼らも考えているわけではない。ただ感じているだけだ。すなわち「快」だけを。振り返って、われわれ人間はどうだろうか。こんな姿では笑われる、とか、見られてる・・などと考えの方が感じ方を上回っている。その考えが本来の居心地のよさを犠牲にしている。ときには考えよりも、感じの方を優先させることも必要なのではないだろうか。

2020年12月 9日 (水)

こだわり

人にはそれぞれのこだわりがある。それは極めてパーソナルなことなので、私たちの前で語られることは稀である。たまにそれを語ろうものならすぐにでも相手から首をかしげられるようなシロモノだからだ。誰もが認めるようなことは、こだわりとはいえない。そんなこだわりを聞けば私たちの凝り固まった思考に風穴を開けられてしまうかもしれない。そんなこだわりもなくなってしまったら、きっと単調な世界になってしまうに違いない。

2020年12月 8日 (火)

見方

どんな場合でも良し悪しはつきもの。道を間違えて失敗ととるか、新しい発見をしたと取るかで人生は明るくも暗くもなる。なぜなら、私たちの毎日はこっちにしようかこっちにしようか考えている毎日だからである。人が「脳天気だね」と言おうがかまわない。私は私の見方でいく。私の見方は私の味方だから。

2020年12月 7日 (月)

命令

人はよく命令する。「元気を出せ」、「勉強しろ」・・それで元気になり、成績が上がるようなら病院も塾もいらない。逆効果をねらっている?元気がない自分を見ているから?仲間として励ましのつもり・・?そっとしておくだけではダメである。どうすればよいか。

2020年12月 6日 (日)

よい自己

いつも颯爽としている自分がいてほしい、顔はいつも張りがあってほしい、よい人に思われたい・・そうした気持ちがなかったら毎日辛くなってしまうだろう。誰かが、「私はダメな人間・・」などと隣の人につぶやいたら、そっと優しい言葉を返してあげなければならない。

2020年12月 5日 (土)

触発

誰かが電話をかけているのを見て、自分も電話をかけなければと思ったり、誰かが温かなコートを着ているので、そうだ今年こそ新しいコートを買おうと店に走ったりする。そういう心理を鏡像などと呼んでいるが、それがないと流行も習慣も協調精神ももつことはできないのである。どの程度まで周囲に合わせ、どこまで自己を押し出せるかがわれわれに課せられた課題である。毎日道を外さないようにと心掛けることにいつの間にか慣れている自分はいないだろうか。

2020年12月 4日 (金)

あるがまま

良好な状態はいつまでも続かない。あってもそれはほんの束の間。昼食に満足したあとに、夕食のことを考えなければならず、子どもが進学したあとから成績のことが心配だ。たとえよい成績でも長く続くかと頭を悩ませ・・・。いっそのことあるがままを受け入れてしまえばよい。そのことに気づくのは相当あとになってからのことかもしれない。

2020年12月 3日 (木)

シーン

同じ映画を観てもその時々で印象が異なる。観ているのは映画ではなく、自分の心象風景である。自分一人でも異なるのだから人が異なればさらに事態は複雑である。こんなシーンがあったという記憶はそっと隣の人に語ればよいのかもしれない。

2020年12月 2日 (水)

夢をもつ

夢を見る一方で、それを語りたくない思いもある。夢があまりにも荒唐無稽で支離滅裂、何が言いたいのか自分でも分からないからだ。誰かにそれを語ろうものなら、熱でもあるの?などと揶揄されること必定だ。その怖れが未来への夢をもつことを妨げている。フロイトが夢に意味があることを発見してから夢解釈が無意味でないことが理解されるようになった。未来はの夢をもつ力を養うためにも夢解釈は大切な学問である。

2020年12月 1日 (火)

私たちの心はいつも平静とはかぎらない。大波小波、さざ波やさか波・・・揺らぎ通しである。こちらが大波でいれば相手にも波が押し寄せていく。こちらがウキウキしていれば相手にも伝わっていく。波動というものは存在するようである。もし相手が怒涛の感情をぶつけてきたとき、こちらも怒涛で返せばケンカである。そんなときはどうすればよいのだろうか。

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