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2021年2月の28件の記事

2021年2月28日 (日)

評価

世間の評価の通りでないことは私たちの知るところだ。映画評・グルメ・本などあげれば枚挙にいとまがない。世間の評価と自分のそれとが一致することは少ないかもしれない。その一方で、一致した時はちょっとホッとしたりする。私の意見は違う、という面と皆と一緒だったという両方の気持ちの間で私たちは暮らしている。人が、あなたの感想とは違う、といわれてそれを受け入れることも必要なのである。それが一番難しいことなのかもしれない。

2021年2月27日 (土)

トラブル

日々順調にいくことなどなかなかあり得ないことだ。何かを踏みそうになって慌てて反対の足を出したり、道路の渋滞や電車の遅延など進む先にはトラブルがゴロゴロしている。そんな事態に出会っても迫り来るトラブルをバッタバッタと斬り倒していく銘刀があればよい。それが知性という刀なのかもしれない。

2021年2月26日 (金)

緩急

一生懸命働き、ときに休む。その緩急が大切だ。子どものころ休んでいた人が後年働き者になったり、その反対の例もきっとあるに違いない。一日の内でバランスをとることでストレスのない生活を可能にするだろう。そうしなかった場合、後年休み過ぎることにもなりかねない。要は、いつ、どこでどんな緩急のつけ方をするかにかかっている。

2021年2月25日 (木)

花を愛でる人は多い。梅・桜はもちろん、野に咲く小さな花も見逃さない。それは見る人の心にある華やかさ、美、咲かせたいなどの内から外に向かっての心の表現に他ならない。自らの心を花の上に見ていることになる。花は語らず主張せずただそこにあるだけである。

2021年2月24日 (水)

環境

私たち人間は環境からの影響を強く受けている。学校選び・職業選択・趣味・嗜好品などなど、自ら見つけ出したものなど皆無だ。自分の身の回りにどんな人がいてどんな会話をしてきたことだろうか。そして、その人たちが私にどんな名言を残したことだろうか。私たちは周りの人たちによって形成されたものであることを自覚すればよいのだ。そしてそれが今日の私にどう行き続けているのだろうか。私とはいったい誰なんだろう?

2021年2月23日 (火)

言葉の楽しみ

日本人は言葉遊びが好きである。「がってん承知の助」、とか、「すもももももももものうち」など普通に言ってしまえば何と言うこともない言葉にちょっと工夫を加えるだけで相手に笑いを誘う。相手もリズムの心地よさに思わずニヤリとしてしまう。悪い言葉だけでは人間関係がギクシャクするだろう。楽しい言葉のやり取りだけで過ごしていきたいものである。

2021年2月22日 (月)

心を見る

身の回りにたくさんの品物があるなかで、自分が見ているものはせいぜい一つか二つである。カレンダーの上に描いてある山の景色を見ているときは、どこか遠くに行きたいと考えているのだし、椅子が気になるときは、その椅子にガタがきてるから新品に買い換えなければならないと思っているからだろう。そう考えると、我々はモノを見ているようで、自分の心を見ていることになるのである。

2021年2月21日 (日)

機嫌

人はいつも機嫌がいいとはかぎらない。店員の機嫌、先生や上司の機嫌・・自分のことは棚に上げて、相手にはいつも機嫌よくしていてほしいものである。だったら、相手の顔色を見ずにしたいことをしていればよい・・などといっときは考えてはいても、いつも相手の顔ばかりみてしまう。そう私たちは仕向けられてきた。そのお陰で大きな失言から免れて来たのかもしれない。

2021年2月20日 (土)

決まり事

世の中は一歩外に出れば決まり事だらけである。おなかが減っても財布を出さねばならず、バスや電車に乗るにも、最近は小銭が不要になったとは言えタダではない。信号は守らなければならず、学校に遅刻すればいささかまずいことになる。先輩や先生への口の利き方には細心の注意を払うのが決まりである。唯一許される場所、それが家庭である。そこでは小銭も不要だし、起きる時間や寝る時間は自己責任。親や年長者へのちょっとした口ごたえは、嫌いな友人と戦うための練習の場として暗黙のうちに許されているとしよう。大人も子供も、そんな場所に今日も帰ってくる。そして明日もきっと帰ってくる。

2021年2月19日 (金)

表裏

人の性格は表裏一体になっている。消極的な性格、は、慎重な性格であり、積極的な人とは、おっちょこちょいなのかもしれない。自分は引っ込み思案な性格で・・という方に向かっては、聞き役として最高、と言って差し上げれば悪い印象がたちまちよい評価に早変わりする。この方法は目下新案特許に申請中です、が、認められないと思われます。このように見方を変えることで、人はみな変化できるのである。これも裏を返して表現してみよう。言葉を変えれば人も変わる、ということになるのだ。

2021年2月18日 (木)

こだわり

人はそれぞれにこだわりがある。それは極めてパーソナルなものなので他人には理解しがたいものだ。もしそれを他人から指摘されて落ち込むようなことがあれば、それはこだわりとは言えない。ある意味こだわり、頑固とも言えるだろう。声高に主張するものでもなく、静かに岩のようにもち続けているものかもしれない。

2021年2月17日 (水)

ファッション

人が着る服は他人の影響を強く受けている。誰かの服が似合っていた、その人が人気者である・・有名人であればさらにその影響力は強まるだろう。さらに時代からの影響も無視できない。そんな中で今までにないデザインを考え出す人はどんな頭の構造をしているのだろう・・などと考えながら、明日は50パーセントoffのフロアを散策することにしよう。

2021年2月16日 (火)

読書

読書しているときの声はいったい誰の声なのだろう。誰の声で読み、かつ聞いているのか。本の読み聞かせを子どもたちにしているとき、彼らは一心不乱に声と絵本に釘付けになっている。読んでいる人の姿はそのとき消え去り、声と絵だけが脳裏に焼き付いている。読んでもらった人物は遠い記憶の彼方に消え去っていったのだろう。

2021年2月15日 (月)

指令

買おうか買うまいか悩んでいるとき、もったいない、似たような服が家のタンスのなかにあったからやめよう、などと思って買うのをやめることがある。そのとき誰の指令にしたがっているのだろうか。その指令は自分の指令なのか、確かに自分自身のものなのだが、欲しくて一度は手にしたのも自分である。二つに引き裂かれた片方の指令に従わされているのも自分である。その指令の元はいったいどこで発せられた指令なのであろうか。

2021年2月14日 (日)

数字

数字は単純な線の組み合わせだ。しかしそれから連想するものは数限りない。1番が好きな人は1が好きかもしれない。しかしその人も、2個で500円の商品には即座に手を伸ばすことだろう。連想とはその都度光のように現れたり消えたりする妖精のようなものだ。そんな妖精がショッピングモールのなかにいっぱいいるのかもしれない。

2021年2月13日 (土)

情景

私たちの身の回りのモノにはそれを入手したときの情景がくっついている。そのときの年齢、店、どんなことがあったか・・。ペン一つにもそれがある。その情景の一つ一つを聞かせていただくことは、その人の歴史に触れること。人の数だけ貴重な歴史があるのだ。

2021年2月12日 (金)

日課

加湿器はそのまま使い続けると、水道水に含まれる石灰が金属部分に固着してしまう。クエン酸でもなかなか取れないので、毎朝その箇所をブラシでこする。白濁した水が流れ出てくる。意地になって、と言ってもたかだか1分ほどの作業だが、それが日課だ。日課とはクセになるの別名かもしれない。

2021年2月11日 (木)

ぬくもり

道を歩くとき、人は日だまりの方へ歩みを進める。凍った歩道などまっぴらごめんだ。私たちは人のぬくもりの中に安らごうと躍起になる。ぬくもりとは何か。それは自分を越えた温度。私を越えた温度とは何か。それは私以上の愛。それを与えてくれる人は母以外にはないではないか。私たちは、もうこの世にいない母を求め続ける子どものようなものかもしれない。

2021年2月10日 (水)

伝言

伝えたい相手が不在のとき、伝言をすることがある。明日の何時に伺い、その時間にいて欲しい、何を用意しておいて欲しい・・人を介して伝えることはかなりの知的作業を必要とする。伝えたことを聞き手が理解してくれたとき安心感を得る。こんな難しい作業をいつ獲得したのか。それは一重に父との会話の経験による。その経験を後世に伝えることが大人の使命である

2021年2月 9日 (火)

一人では生きられない

一人ではこの世を生きて行くことはできない。自分で何でもできる、という人はどこか無理している気がする。その時代は赤ちゃん時代だけなのだ。泣けば何でもやってくれる、そんな時代はもうないのだ。ペットボトル一つ私たちは作り出せない。だから助け合う。それも過剰すぎれば人頼みだし、頼らなければ前に進めない、そのことを知ることを自覚というのである。

2021年2月 8日 (月)

人間の脳は自分に関係したことだけ聞いている。突き詰めれば、自分に関係付けて話を聞いている。人の話は聞いていないということ。ファミレスの隣の人の話のなかに、頭痛のことが話題に上がっていたという場合は、聞く側に頭の痛いことがあることになる。たとえ隣席の人が生理的な話をしていてもである。三人が同じ話を聞いて、それぞれが思い、悩み、聞き流している。

2021年2月 7日 (日)

想定外

私たちの生活は想定外のことばかりだ。突然の雨はもちろん、断れないお誘いやら出費、家族からの頼まれ事の数々・・あげていたらきりがない。それらを快刀乱麻のごとくやってのけている私はすごい!と思えれば幸せなのだが・・。今日はどんな想定外のことがやってくるのか。

2021年2月 6日 (土)

忘れる

私たちはすべてのことを憶えている訳ではない。日々の生活のなかで起きたことの幾つかのことしか憶えてはいない。すなわちほとんどのことを忘れているのだ。人のことをとやかく言う資格はない。もしすべてのことを憶えていたらきっと頭のなかがごちゃごちゃになってしまうだろう。記憶喪失でよかったというほかはない。記憶にございません、ということは無意識的にはあり得るとフロイトは述べている。

2021年2月 5日 (金)

趣味

私たちの趣味は、おおくの場合誰かから借りてきたものだ。それは父母・兄弟・親しい友達、ときにはタレントであったりする。今はやりのソロキャンプなどはその代表かもしれない。一方、人のマネに背を向けてひたすら自分の道を極めている、などと言うと言葉ではかっこよく見える。その人は他人からは数奇の目で見られているかもしれない。それにもかかわらず邁進する人のことを求道者と呼んでいる。

2021年2月 4日 (木)

お茶

お茶はお湯から淹れたものを好む。沸かしたお湯をいったん器に入れて冷まし、頃合いを見計らって急須に注ぐ。待つこと1分30秒、一しずく一しずく丁寧に湯呑みに移していく。何杯も入れていくうち当然味が薄まっていく。それがいい。ペットボトルのお茶は一定過ぎる。お湯からのそれは濃かったり薄かったり、熱いぬるい、お茶の葉が立ったり・・そんなファジーさがこちらの気分の高低と相まって寄り添ってくれてるようでもある。お茶の銘柄は何でもよい。香典返しのお茶から玉露入り・・それもまた気分次第に、そのとき人はお茶と会話をしている。


2021年2月 3日 (水)

捨てる

しまった、モノを捨ててしまったなどと思っても、数日たつとよほど大事な物でない限り生活に支障はないものだ。ちょっとコンビニに行けば何でも揃っている。外国のコンビニに比べて日本のそれは充実しているのだ。私たちはちょっとのことで生活に刺激を与えたい生物なのかもしれない。

2021年2月 2日 (火)

あれもこれも

あれも欲しいこれも欲しい・・と言っている間に家のなかは物で溢れかえっている。少しは処分しようなどという考えもこの数年間据え置きのままである。いっそのこと何もかも捨ててしまえばスッキリするだろうなどと思ったりもするが、家具もカレンダーも何もない物件を見にいくと実に殺風景で、不気味なほどである。やはり物がある間は人間が感じられるような気がする。

2021年2月 1日 (月)

当たり前

日頃当たり前と思っていたことも、いざ当たり前でなくなるといささか慌てるものである。停電、断水はもちろん、コピー用紙やコピーインクがなくなっただけでもこの世の終わりだ。日頃蓄えをしてもその蓄えがなくなるのではないかとまた慌てる。そんなことを考えなくなるころにボールペンのインクが切れたりする。いったい平穏はいつやってくるのか。しかしその平穏は必ずやってくる。

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