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2024年1月の31件の記事

2024年1月31日 (水)

憧れと嫉妬

憧れとは遠い存在。憧れだけでは遠過ぎて到達しない。反対に近いと嫉妬が生まれる。つまり嫉妬が自分を未来に押し出す原動力になるのだ。原動力が嫉妬の対象に向かえば相手を攻撃するだろう。原動力を自分に向ければ努力するのだ。

2024年1月30日 (火)

慣れ

服も食べ物も散歩コースもだいたい同じものを選び、歩いたりしている。慣れだ。ガラリと変わったものを選ぼう、違う道を選ぼうとして自分を押しとどめているものはいったい何か。それは怖れである。変わることの喜びと怖さの二つに私を引き裂いている。いっそのこと片方を黙らせてしまえばいいのだ。

2024年1月29日 (月)

気にする

人間は人の評価を気にしがちである。自分では自分のことを評価できないことを物語っている。たまに自分で評価しようものなら、そしりを受けること間違いなしである。したがって、ファッションだけでなく、何から何まで人の評価に身を任せてしまうことになるのだ。たまには自分で、これでいいのだ、と宣言してもよいのではないか。

2024年1月28日 (日)

自慢しているわけではない

我が子が◯◯大学に合格したのですが、入学金と授業料が大変ですと話すとき、本人は大変であることだけを訴えている。ところが聞く側はそうは受け取らない。それは大変ですね、とだけ答えられる人はいないのではないか。いるにはいたとしても、「でも…」と合格したことを褒めるだろう。このようにして人と人との会話はすれ違っていく。コミュニケーションは難しい。

2024年1月27日 (土)

みじめ

行列をなして待っているのに、目の前でその商品が売り切れた。みじめ。買った商品のすぐあとで、新製品が発売された。みじめ。みじめとは自分一人の感情だ。どう克服すればよいのか。

2024年1月26日 (金)

気づき

土手の上を歩いていて気がついた。土手の右手はゴルフ場になっていて、夜は真っ暗闇だと。街灯はもちろん照明一つない。ゴルフにはナイターがないのだ。まだ気づかないことだらけだ。小さなことから大きなことまで知るのは楽しみだ。

2024年1月25日 (木)

見られてる

ちょっとファッションのページを覗いただけで、スマホ画面にはさまざまな服の映像が登場してしまう。誰か私のことを観てたのか、と思うほどだ。こっそり見たはずなのに…。監視カメラも人工衛星もなくても私はいつもみられている。

2024年1月24日 (水)

ストレス

ストレスとは受け身の別名である。〜れる、〜られる、〜される、などこちらが無防備でいるところに押し寄せてくる暴力である。災害にかぎらず、言われる、暴言を吐かれる、見られる、など予期せぬ出来事との遭遇である。一方暴力を加える側のストレスはゼロ。だから厄介。辛い、苦しいと泣き叫んでも伝わることはない。どうしたらストレスから逃れられるのか。

2024年1月23日 (火)

復唱

赤い靴下を買いに店に入った。店員さんに聞いた。自分は男なのに赤い靴下はどうかな?と。店員さんはすかさずこう言った。最近赤い靴下が売れるのです、と。社員教育のたまものである。

2024年1月22日 (月)

理屈っぽい

レストランの壁面に一枚の絵がかかっている。4人のキューピットが空中を浮遊しながら下方に向かって矢を射ようと弓を構えている構図だ。左右にキューピットがそれぞれ配置され、上方には正面を向いているキューピットがいる。とてもバランスが取れている。さらに画面左上に目をやると、そこには黙ってその様子を見ているキューピットが描かれている。これは静と動だ…などと理論で眺めている。やはり理屈っぽいようである。

2024年1月21日 (日)

擬態

昆虫の世界では擬態をする昆虫がいる。まるで木の枝にしか見えない昆虫が風に枝が揺れるようにゆるゆると

2024年1月20日 (土)

両面

モノにオモテとウラがあるように、人間にも両方の面がある。真面目と不真面目、勤勉と怠け、明と暗。いずれも片方だけの存在はあり得ない。もし片方だけで生きてきたらきっと苦しいか飽きてしまうかのどちらかであろう。ときに片方を生きるのも良いかもしれない。

2024年1月19日 (金)

古いもの、新しいもの

新発売の車はいかにも押し出しが強い。どうだ!と言わんばかりの面構えでわれわれを圧倒する。その一方で、クラシックカーとすれ違ったりするとよい気分にさせられる。現代絵画、古典絵画、いずれも圧倒されたり、ホッとさせられたり、そのどちらも楽しんでいるのが人間なのかもしれない。

2024年1月18日 (木)

郷愁

人はときに郷愁をいだく。あの頃は…あのときは…あんなことがあった、こんなことがあった…郷愁が郷愁を呼び起こし、時を忘れてそれに浸りきりになる。失恋しようが脚光を浴びようが、その時生きていた証明にほかならない。それに比べて未来はどうなのか。今でさえ生きているかどうかの証明はどうしたら得られるのか。

2024年1月17日 (水)

動かされている

今まで夢の小説をひたすら描いていた作家が一転、大学の長になった。たまたまそうなったのではない、というのがフロイトの考え方である。長になったとたんに騒動に巻き込まれた。それも偶然ではないと考える。これがフロイト派。そこに本人でも気付けない無意識があるというのである。私たちは自分で動いているのではなく、動かされているというのである。いったい何によって?それが無意識である。

2024年1月16日 (火)

意味

文字を見ていろいろなことを想像する。数字一つ見てもそうだ。17という縦の棒と鍵みたいな記号だけで大谷翔平に早変わりしてしまう。大谷翔平とはどこにも書いてない。その上に名前を読んでいる。それが意味である。人間は文字に生まれ、文字に生き、文字に悩む生き物である。

2024年1月15日 (月)

変わる

人は変わりたい願望と変わりたくない願望と二つある。それぞれが互いに綱引きしている。たまに髪型を変えても、髪が伸びれば元通りだ。家族と離れて暮らすのも、職場が変わる、付き合う友が変わる…すべては変わりたい願望の表れである。いっそのこと生まれ変わってしまえばよい。その願望を叶えるために演劇や小説があるのだ。

2024年1月14日 (日)

報告

子供たちは発見したことを親や先生に報告する。蜂が地面に穴を掘っていた、雲の形が面白かった…それは自分より年上で権威ある人物から評価されることで、喜びを2倍に膨らませているからだ。その感動は頭の中に内在化され、その後の発見の感動をより膨らませることになるだろう。大人の私たちは感動をどこに置き忘れて来たのだろうか。きっと地面や空中など、いたるところに転がっているに違いないのである。

2024年1月13日 (土)

発見

憧憬という言葉で、いろいろなことを想像する。「どうけい」とも発音する、これも発見だ。あこがれること。お洒落な同性の友人にあこがれ、異性の人の凛々しい立ち居振る舞いにうっとりしたこともあろう。すべて理想とする自分の姿である。われわれは外側の格好よさから入門していくようである。

2024年1月12日 (金)

説明

自分の知っていることを人に説明するのはなかなか骨が折れる。道を聞かれて、「広い道路を渡る」と説明しても、果たして相手が広いと感じているかどうかわからないからである。あとになってから、あの説明で良かったかと一抹の不安を覚える。説明は難しい。

2024年1月11日 (木)

決意

品物でも行動でも、人が思わなければ手に入らないし、行動にも移せない。名車を欲しいと思うから手に入れられるのである。経済的なことはあとから追いかけてくる。まずは思うこと。それを決意と呼んでいる。

2024年1月10日 (水)

言ったことは実現するか

思うだけでなく、口に出して言えば実現するのだろうか。人はしばしば宣言する。選手宣誓、誓いの言葉、それらはすべて言葉である。言葉と言語は異なる。初めに言語ありき。言語とは、言葉の陰に隠れて出てこないものである。その言語を言いさえすれば実現するのである。

2024年1月 9日 (火)

論理

子どもが母親に向かって言う。「ぼくが一日良い子にしていたらお母さんはおもちゃを買ってくれる」と言ったから、今日ぼくは一日良い子にしていた。だからおもちゃを買って。これが論理である。良い子にしていることと、おもちゃを買ってもらえることとは別のことであるのに、おもちゃを買ってもらえるという現実を手に入れることができるのである。大人のなかにも必ず論理がある。こうしたからこうなるというものが。実現するもしないのも、すべて言葉という論理にしたがわされているのである。

2024年1月 8日 (月)

陰陽

電気にプラスとマイナスがあるように物事には陰陽がある。暑い時期ばかりではなく寒い時期があってバランスが取れている。一度は縮こまる時も必要だ。いずれ伸び切ってしまうからだ。その時期を陰ととらず、陽への橋渡しと受け取ることである。ことしも陰と陽とが始まった。

2024年1月 7日 (日)

そう見える

少しも疲れてないのに、「疲れてない?」と言われたことはないだろうか。思い当たることも、実際元気いっぱいなのに。それは、語っている人自身を語っているのだ。その人にとって誰もがそう見えてしまう、これが投影である。見る人もモノもすべて自分である。

2024年1月 6日 (土)

関連

私たちは何か事が生じた場合、今の自分と関連付けてしまう。雨が降れば関連付けし、頭の上に鳩の何かが落ちてくれば関連付けしてしまう。関連などないと言い切れるほどの自信もない。関連などない!と言ってくれる人がいればいいのだが…やはり自分で切るしかないのである。

2024年1月 5日 (金)

理論

理論が私を支えている、と言う人と、そんなものはなくても生きていける、こんな二つの考え方がある。私も後者の考えを支持していた。理屈をこねくりまわす人を、どこか人生を部屋の片隅から拗ねた目で見ているように思えた。しかしここに来て、「人間の会話はすべて誤解である」というラカンの言葉に衝撃を受けた。自分のことなど誰も理解されないと感じていたときだ。一つの言葉が与える影響、それはその人によっても異なる。みなさんはどんな言葉に救われたのだろうか。

2024年1月 4日 (木)

一面

私たちは自分の一面しか表していない。真面目、おとなしい、目立たない…。そのまま一生を過ごすのも人生。違う面を出すのも人生。違う面を出したとき世界はどう変わるのだろう。

2024年1月 3日 (水)

投影

駅伝2日目である。駅伝ファンによると、選手が我が子に見えてしまうらしい。テレビカメラは一人の選手を大写しし、多くの沿道から視線と声援を受けている。全国放送だ。その姿が我が子が走っているように見え、涙が止まらないという。本当の我が子は寝転んでスマホをいじっている。現実と空想、二つの世界を私たちは生きている。

2024年1月 2日 (火)

成功

人生の成功者の話やエピソードは聞いていて興味が尽きない。それに至るまでの苦難の話もかえって成功談に花を添える。私たちにとって成功するとはどんな状態を指すのか。思い通りに行ったことだろうか。経済的に本望を遂げたことだろうか。それとも両方を手にしたときだろうか。じつは成功も不成功もないのだ。あるのは、道端に咲いている花を誰にも知られず発見したとき。そしてその花をあとにしたときにこそあるのだ。

2024年1月 1日 (月)

成長

明けましておめでとうございます。本年も皆さんにとって成長の年になりますよう祈念しております。成長とは変化。今までの自分を否定して変化すること。人には変化したい思いと、そのままでいたい思いとがあります。ほんの少しでも前者が優勢になれば幸いです。

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