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楷書風のぎこちなさのある東京弁で話されると、道の角を定規のように歩かされた気持ちになる。鼻濁音を欠いた語り口に圧倒され、こちらの鼻濁音の軽薄さを侮蔑されているようにも感じる。京都弁が標準語だったらよかったのにという意見にも肯首できる。どんな語り口にも心が動揺しないことを心掛けよう。