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一視同仁とは、人を分け隔てなく見ること、と辞書には書いてある。たった2画で構成されている「人」にしか過ぎないと見れば良い。ところが、私たちはこの「人」の向こうにある、「意味」をみているところに問題がある。偉い、弱い、男、女…。なぜ人として見ることができないのか。それは、当の自分も意味で生きているからだ。自分から意味を捨ててしまうと、この世からいなくなってしまう、その恐縮があるからだ。