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2026年1月の24件の記事

2026年1月24日 (土)

書物

本は実に安価だ。このなかに素晴らしい話、経験、教えの数々に触れることができる。自分の体験をはるかに超えた内容に圧倒されっぱなしである。だから、つい手元に置いておきたくなる。全てが座右の書になってしまうのも頷ける。

2026年1月23日 (金)

能力

人によって関心の的は異なる。本好きの人は書物以外のことに関心はないので、服装はお構い無しのさっぱりしたもので一年中平気である。お酒の好きな人は酒談義で昼休みの時間を友と過ごすが、食べ物はお蕎麦くらいなものである。どこか片寄ってしまう分、他の分野で素晴らしい能力を発揮しているのだ。一芸に秀でる人たちもその分野に入るだろう。私たちに隠された能力とはいったい何なのだろう。

2026年1月22日 (木)

影響

人間は社会生活を営む上で一日中外部からの影響を受けている。それが言葉による影響である。「のろま」、「気が利かない」などと言われて傷つかない人はいない。バカと言われてハイそうです、と言える人も中にはいるが、多くの人は毎日が傷だらけの人生だ。傷つかないための方策を実行している少数の人たちもいる。

2026年1月21日 (水)

渇き

喉が乾いたときに飲む一口の水のうまさは例えようもない。かといって何杯も飲めるものではない。ところが、ビールや食べ物はいくらでも飲めたり食べたりできる。うまい、という感激は最初の一口で吹き飛んでしまい、あとは惰性で体内に放り込んでいることになる。こうしてお腹に脂肪がたまっていくばかりとなるのである。

2026年1月20日 (火)

発達(3)

人が発達し続ける方法は二つ。一つは、競う・比べる・羨む・妬むの心をもち続けること。つまり、競争心や嫉妬心をもち続けること。もう一つは、その心を捨て去ること。捨て去った先に何があるのか。きっと霧が晴れたあとのように真理の光が見えてくるはずである。

2026年1月19日 (月)

発達(2)

競う、比べる、羨む、妬む…それらすべては子ども時代の再現である。皮肉なことに、そのおかげで科学・技術・競技は発達した。それで人の心は幸せになったのか。楽になっただけかもしれない。

2026年1月18日 (日)

発達(1)

ヒット曲の歌詞に、「誰だって大人になりたくない」というのがある。つまり発達とは、子ども時代に戻りたいことであると。実現させることはできないかわりに、別の方法で実現したつもりになっている。それで毎日子ども時代に戻るのだ。そう考えると、発達とは単に歳をとっているだけに過ぎなくなってしまう。

2026年1月17日 (土)

これで良いというものはない

これで良いというものはない、裏を返せば、すべてが「これでよい」のだ。つまり、その都度の「良い」があるだけのことだ。机の上にメガネを置くのだが、いつも同じ位置だったためしがない。したがっていつも探しまわることになる。ところが、置く段になると、ここがベストだという位置を確信のもとに置いている。現に探し当ててからメガネをかけている。これからも続けることになるだろう。それで良いのだから。

2026年1月16日 (金)

節目

人生は悩みの連続である。その悩みを成長のきっかけととらえることである。会社をクビになっても、会社を恨むのではなく、その会社が自分の居場所でなかったととらえることである。そうすれば、自分にふさわしい会社と出会えるからである。先を越されても、縁がなかったととらえる。そうすれば悩みが竹の節になって、強いしなやかな竹に成長していくことは間違いがない。

2026年1月15日 (木)

成人式

成人式とは区切りである。昨日までの自分に別れを告げて、今日から、「人に成る」日のことである。どのようにして人に成るのかといえば、大人から、「立派になった」と言ってあげることである。成人になってもまだ若僧だ、と言ってはならない。言葉がその人を大人にするのだから。卒業式、結婚式、式とつく日には、大人から言ってあげよう。

2026年1月14日 (水)

寛ぐ

寛ぐことも大切である。緊張し通しは危険である。バネが伸び切ってしまうようなものである。日々、緊張と怠けを繰り返すのもよい。ただ、いつ緊張し、いつ寛ぐかが問題である。勉強だけで過ごした子どもは後年、寛ぐ時が来るだろう。子ども時代寛いだ子どもは、後年、大きな仕事を成し遂げるかもしれない。今の姿だけを見るのではなく、長いスパンで見ることを、見守るというのかもしれない。

2026年1月13日 (火)

不可能

カッターの刃はカットして使うのが当たり前になっている。そんなアイディアは当初、多くの工場で拒否され続けたという。それが今では当たり前の時代になるのである。携帯電話、写メール、フィギュアスケートの四回転半ジャンプ…みな不可能なことが当たり前になっている。できない、という思考は自分でできない、と決めているのかもしれない。

2026年1月12日 (月)

こだわり

近所にアメリカ製の車がおいてある。平日はすっぽりと布に覆われているが、土日ともなればその威容を道行く人の前に現している。ドライバーが乗り込む。と同時に車体が持ち上がる仕様になっている。膨らんだ巨体をガソリンを撒き散らしながら出掛けて行く。きっとアメ車仲間の所に行くのだろう。帰ってくると、車体が今度は低くなり、乗降しやすくなっているのだ。こんな装置に彼は楽しんでいるのだろう。我々にも我々だけのこだわりがあるに違いない。

2026年1月11日 (日)

面倒臭い

面倒臭いことを面倒臭いと思わず、面倒臭いことがいいのだと思うことにしている。面倒臭ければ臭いだけ得るものも大きいからだ。バイク好きはスクーターは面白くないと言う。時間はたっぷりとあるのだ。すべてのことに楽しみを見つけよう。

2026年1月10日 (土)

ウェア

スキーを経験したことのある人は理解できるのではないか。さんざん滑ったあとで宿に帰る。ふと横を見るとカッコいい男性が立っている。見ればスキーウェアに身を包んだ自分の姿が鏡に写っているのである。ただのおじさんも一流のスキーヤーに変身できる。スキー場はパラダイスであった。

2026年1月 9日 (金)

外見

外見でその人を判断しがちである。だからといって、いつも怒り続けているわけはない。笑ってばかりもいられない。人間には両面がある、そんなことは知ってはいても、つい見た目で判断してしまう。それは視覚が優先していることを物語っている。外見ではなくその人を見る、これが難しい。やってみる価値はありそうだ。

2026年1月 8日 (木)

忘れる

「忘れっぽいのです」と言う人に限って、昔のことを覚えていたりする。それは、傷付けられたことは、木に刻みつけられた傷のように拭い去ることができないでいるからである。人が聞いたら、そんなこと、と思うことも、本人にとっては重大問題である。どうすれば心の傷は癒えるのか。それは繰り返し語ることである。それも情動をともないながら語ることである。情動とは、泣く、笑う、叫ぶ、怒るの四つである。今の時代はこの四つの放出がしにくい世の中になりつつある。

2026年1月 7日 (水)

忍の文字は、心に刃と書く。自分で自分を殺す…ちょっと怖い言葉でもある。自分を殺すとは、自分の欲望を殺すこと、つまり、欲望はあることを表している。その欲望はいったいどこに行ってしまって、どこで息を潜めているのか。そして、どんな形で放出されることになるのか。それが、身体に表れれば、頭や腰が痛いといった身体症状となって表れるだろう。行動に表れれば、暴力行為に繋がっているのかもしれない。いずれにしても、放出の方法を間違えないようにしなければならないのである。

2026年1月 6日 (火)

忖度

一時期、忖度という言葉が流行ったことがある。相手におもねる匂いがプンプンとする言葉である。空気を読む、気くばりが上手いなどとも言って、文字通り、自分の心を小さくすることによって、相手の考えを取り入れやすくしているとも言える。反対に、忖度が苦手な人はどういう人なのだろうか。もしかしたら、自分の考えが確立している人といえるのではないか。私は忖度が上手い?それとも苦手?

2026年1月 5日 (月)

三人の私

私の中には三人の私がいる。出掛けようとする私、行こうと唱和してくれる私、寒いからやめろ、と引き止める私と、この三人がいつも私の頭のなかで戦っている。私はいつも三つに引き裂かれているようなものである。そのうちのどれもが真実を語っているからやっかいなのだ。どうすればよいのか。ニ対一にしてしまうのだ。片方の意見を断つ、それを決断というのである。

2026年1月 4日 (日)

同心円

散歩中、道の向こうから人が来る。こちらが左側に寄るか、挨拶するか予測することができる。ところが、ノロノロ歩きの私の背後を、はや足で抜き去りざまに挨拶する人がいて驚かされる。予測不能だからだ。カウンセリングでは、どんな話が提出されるか予測できない。カウンセラーは明鏡止水でいることを求められる。そこにポツリとクライアントがひと言語る。それが波紋となって同心円上に話が広がっていく。カウンセラーはその語りに、心を同じくして聞き続ける。「同心」円上に寄り添うのである。

2026年1月 3日 (土)

自体愛

筋肉ムキムキのマッチョな人を見るたびにすごいなーと思う。そうなってみたいなどと思うこともある。そうなりたい自分と今のままの自分と二人が私の中に登場する。マッチョの自分に取り替えることができるよ、と言われても、今の自分がいい。なぜそう思えるのだろうか。

2026年1月 2日 (金)

言霊

言霊など信じないと豪語する人も、4や9の数字を見て少しは心に感じるところがあるのではないか。「終わる」の言葉の代わりに、「お開き」などと言うのも言霊を無意識的に信じている証拠だ。神社であげる祝詞は目出度い言葉のオンパレードである。今年も良い年にしよう。言葉に出せば実現するに違いない。

2026年1月 1日 (木)

心の持ちよう

たった一日の違いで空気が違うように感じられる。意識がそうさせるのである。今年もよい年になると決めることである。そうすれば、たとえ困難に出会っても乗り越えられると思えるからだ。よい方に受け取る能力のことを知性と呼んでいる。

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