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散歩中、道の向こうから人が来る。こちらが左側に寄るか、挨拶するか予測することができる。ところが、ノロノロ歩きの私の背後を、はや足で抜き去りざまに挨拶する人がいて驚かされる。予測不能だからだ。カウンセリングでは、どんな話が提出されるか予測できない。カウンセラーは明鏡止水でいることを求められる。そこにポツリとクライアントがひと言語る。それが波紋となって同心円上に話が広がっていく。カウンセラーはその語りに、心を同じくして聞き続ける。「同心」円上に寄り添うのである。