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子どものわがままを、わがままととらえるか、自己主張ととらえるかで見方は大きく変わる。大人が放辟邪侈、したい放題になるのは、子ども時代にしたいことができなかった反動かもしれない。子ども時代に寝てばかりいた人が後年活躍したりするのは、蓄えていたエネルギーが時を得て放出されたのかもしれないととらえるのだ。いつ放出するかが課題である。