カテゴリー「心と体」の記事

2019年8月26日 (月)

衝突

自己を持つと、必然的に世間と衝突する。もめごとの嫌いな人(たぶんほとんどの人)は、衝突を避けるために自己を否定する。そうすることで世間からは「いい人」という評価を受けるので、とても心地がいい。その分、ほかの場所で自己を主張しているのかもしれない。その対象が誰なのか、ターゲットにされた方はたまったものではない。そんなことを他の人に語ったところで、誰も理解してはくれないだろう。われわれは知らず知らずのうちにそうしているのかもしれない。

2019年8月25日 (日)

記憶力

秀れた記憶力の持ち主と接していると、すごいと思う反面、この人はどこまで自分のことを記憶しているのだろうかと不安な気持ちになる。君はあの時こんなことを言ったよね、とか、あんな失敗をしたね、などとご親切に告げてきそうである。法事の席ではそんな会話があちこちで聞かれたりする。記憶にない、とか、そんなことは忘れた、などと言ってくれる人のそばで人は癒されるものである。

2019年8月24日 (土)

11年

仏教では「唯識三年倶舎八年」という言葉がある。修行僧でさえ自分を知るのに三年、本当の内面を知るのに八年もかかるという。倶舎とは、蔵とか入れ物のこと。精神分析でいう無意識に近いものかもしれない。桃栗三年柿八年とどちらが古い言葉かわからないが、修行僧でもそれだけかかるとしたら、自分などはどれだけ時間がかかることか計り知れない。それが分かった時、きっと今までとは違った世界が目の前に現れるに違いないと、自己のことさえわからない身としては思っている。

2019年8月23日 (金)

多彩

ファミレスに行くと、女性陣の食の多彩さは目をみはるばかりだ。ステーキ、パスタ、ラーメン、タピオカ…ドリンクバーには40種類の飲み物が用意されテーブルには組んでくるカップは色鮮やかである。それに比べて男たちの牛丼一筋という単調さは何だ。彩の豊かさは食に始まり、ファッション、室内装飾、読書、趣味…女性に学べ、と自分にも人にも言いたい、などと考えながら、いつものカウンターに陣取っている。

2019年8月22日 (木)

無意識

五知覚、そして悲しいという感覚、さらに自己意識というものがあると分かった。それでおしまいかというと、さにあらず。その下にあるもの、それが無意識である。意識がないという意味ではなく、意識はあるがそれを意識化できないという意味でこう呼んでいる。果物は母の好物だったと、言葉にならないような記憶とともに味わっているのがそれである。それでおしまいではなく、母の好物→母の顔→母の生家→藁ぶき屋根→父と食べたそうめん…といった具合に延々と続く連想こそ無意識と呼ばれる世界である。

2019年8月21日 (水)

自我意識

人間には五知覚以外に、うれしい、悲しいという感覚が存在すると言ったが、隣人と果物を味わいながら、この果物にまつわるエピソードを思い出していれば、それこそ悲しいという感覚である。それに加えて、人間には自己意識というものもさらに存在するのだ。なぜ友は私に果物をご馳走してくれているのだろうか、などと考えている自分、それが自己意識というものである。

2019年8月20日 (火)

感覚

一般に五感と呼ばれるものがある。視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の五つである。それらは、現実に言葉で表現可能なものである。同じものを食べているとき、「この果物は美味しいね」と隣の人に言えば、そうだねと返事をされる。そのとき、きっとその感覚は共通のものであると感じられるはずである。ところがそれ以外の感覚があって、それが実に厄介な代物なのである。それは、うれしい、悲しいといった感覚である。我々はそう言われた時、相手のことをただ何となく、そうなんだろうと想像することしかできないのである。そんな復唱でも、返事をされればやはりほっとするものである。

2019年8月19日 (月)

読み取る

人は知らず知らずのうちに相手を傷つけている。「おはよう」という挨拶に同様の挨拶を返しても、相手はこちらの表情や口調などで愛想のない奴だというレッテルを貼ってくることもある。店に行けば、店員が返事を返さないだけでもこちらが少しは傷つくことを私たちは日々経験している。どうすれば傷つかずに済むかといえば、人と会話しないことである。それでは生活ができないではないかというお叱りを受けそうであるが、それがベストである。

2019年8月18日 (日)

子供時代

子供時代は想像の時代だ。ああしたい、こうしたい、サッカー選手にもなりたい、金持ちにもなりたい…そんな空想話に大人たちは笑いでもって答えている。その笑いの意味はいったい何かということも知らないまま子供たちは日々を過ごしている。そんな話に真剣に耳を傾け続けてくれたら、自分はもっと違った人生を歩んでいたのかもしれない。それもまた想像の世界。

2019年8月17日 (土)

イメージ

何かを成し遂げようとするときに大事なことはそのことをイメージすることである。それが基準となってイメージが膨らんだり、改変したり、あるいはまったく違ったイメージになったりもする。それに向かって人は工夫したり、準備したりするからである。他人にそうしたイメージを語ろうものなら、たちどころに反対されたりすることがしばしばある。聞き手が、その膨大なイメージを聞かされてはらはらしてしまうからである。聞き手が「それは無理だ」と言わずに、自分で「これは無理だ」と感じさせるにはどうすればよいのだろうか。

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