カテゴリー「心と体」の記事

2026年2月 8日 (日)

健康

いったい健康などあるのだろうか。いつもどこか痛いし、常に腹が減っている。食べれば苦しくなる。何かが不満であり、不足を訴えている。満ち足りた時を過ごそうという言葉がどこか空論のように感じられる。

2026年2月 7日 (土)

誤解

一人が青空を見上げながら良い天気だと呟く。それを聞いた人が呟く。洗濯日和だと。さらにもう一人が言う。子供を迎えに行く時間だと。最初の呟きはなんだったのだろうか。謎のままである。意見が一致することはあるのか。あるとすればそれはどんな時か。

2026年2月 6日 (金)

評価

グルメ好きの人は多い。ところがその評価はまちまちである。歳を取った人と若者の味覚は異なるだろう。自分の味覚と相手の味覚が一緒だという確証はない。素晴らしいフレンチのあとで大衆酒場に行ったとしても空腹の人と比べることはてきない。そのフレンチでさえも、私が空腹で行ったから美味しいと感じたのかもしれない。本当の「旨い」はどこで味わえるのだろうか。

2026年2月 5日 (木)

俳優

馬上に武者姿で槍を構えているのはいかにも立派な俳優姿である。カメラも下から見上げているのがその効果を際立たせている。その俳優も撮影の合間の姿は別であろう。われわれの凛々しい姿、アングルはいったいどの場面なのだろう。

2026年2月 4日 (水)

どちらにしても

私たちはどちらにしても悩む。こちらを選べばあちらに未練が残り、買えば買ったで買わなければよかったと思う。それは思考があるからだ。いったん思考をとめてしまえば良い。買ったらそれを受け入れ、買わなかったらそれを受け入れて後ろを振り返らないことだ。食べたことも忘れる…悩まないでよいと言えるのかもしれない。

2026年2月 3日 (火)

鬼やらい

近所から鬼やらいの声が響いてくる。子どもやお父さんの声を凌駕しているのがお母さんの声だ。寒空を引き裂く響きで鬼も退散したに違いない。本当の今年が始まった。

2026年2月 2日 (月)

手順

神社に参拝して祈祷を受ける。厳かな中を宮司さんが木沓を履いてどこからともなく現れる。時を計ったかのように別の宮司さんが太鼓をうちならす。鈴が鳴らされる。その一連の手順がこれから読み上げられる祈祷文の開始を告げる。清浄たる雰囲気のなか、神の存在を感じているのは私だけか。

2026年2月 1日 (日)

風情

その借家はもともと料亭であった。三和土の玄関で靴を脱ぐと、少し左に配置された廊下は直接奥の部屋を覗けないようになっている。その部屋は低いかまぼこ天井になっていて、畳に座せば落ち着いた気持ちで庭に植えた八つ手を見るための肘掛け窓にしつらえてある。家全体が暗いが重苦しい感じがない。他にも檜風呂、格天井、欄間の彫り物など、裸電球の四畳半に倦むたびにそれぞれの部屋を巡って気分を癒すのには事欠かなかった。今は残念なことにマンションになっている。昭和の風情がまた一つ消えて行った。

2026年1月31日 (土)

手間

手間暇かけることが少なくなった。スマホに生まれた年月日、時間を入力すればたちどころに占ってくれるのだ。占い師さんが乱数表みたいな古ぼけたノートをあちこちめくっては鉛筆で書き入れていく姿が懐かしい。スマホ画面にズラリとならんだ占いの結果と、懐かしい師匠の厳かな結果発表と二つの世界が今は眺めることができる。

2026年1月30日 (金)

器用

レコードの塵を拭うときは、器用だなと思う。大きなレコード盤を片手でレコード面に触れずに目の高さに捧げて、右手に持ったクリーナーを表面に当ててレコードをくゆらすように塵を拭っていく。そのさまは、海老一染之助・染太郎の傘の演芸に似ている。こんな風に人生を器用に生きればよいのに。もしそう生きたとしたらきっとつまらない人生になったことだろう。

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