カテゴリー「心と体」の記事

2019年6月20日 (木)

教室の窓からは山並が見える。冬枯れだった木々のみどりが色濃くなっていくさまは、「装いを変える」という表現がピッタリである。自分も自然の一部であると実感させられる。一方この我々は自然にとって不都合なゴミ捨てをやめることはない。昔のように籐で編んだ買い物籠に戻る必要があるだろう。同時に精神はますます成長しなければならない。昔のよさと前進と二つの目標が我々に課せられている。

2019年6月19日 (水)

語彙

語彙の豊さが心の広さである。色でも緑と青の間に様々な色調があるように、言葉にも様々な表現がある。優しい・思いやりがある・人を寛がせる・・言葉の豊さが会話場面で問われることになる。言葉を豊かにすることが必要だ。映画の翻訳者はたった一言の翻訳に心血を注ぐという。ちょっとした一言で相手を安心させたり、悲しませるのも言葉の力である。映画やドラマを観ていても、本を読んでもそれはかなえられるはずである。

2019年6月18日 (火)

心身一致

ままならないものは鴨川の水と比叡山の僧と言った天才がいるが、これ以上にままならないものは自分の体である。会社に行きたいと思っていても腰が痛くて起き上がれない、その場所に向かっているのに道を間違える、眠りたいのに眠れない・・・気持ちがあるのに実行できないことばかり。私は私の体の主人ではないのである。心身を一致させるにはどうすればよいのか。

2019年6月17日 (月)

現実

現実とは、例えるならば心臓のことである。からだのなかに心臓があることは誰でも知ってはいても見ることはない。見たいか、と問われれば誰でもが見たいとは思わないだろう。現実とはすぐ近くにありながら触れることのできないものなのである。

2019年6月16日 (日)

生きがい

生きがいとはその人だけの価値観のことである。生きがいには良いも悪いの区別はない。程度の差があるだけである。人から何と言われても私は私の生きがいが揺らぐことはない。とは言え、何が面白いの?の一言の前で人は揺らぎがちだ。そこで人からよい趣味ですね、素晴らしいお仕事ですねと言われるモノを生きがいとしているのかもしれない。

2019年6月15日 (土)

意味

私たちは、人から言われた言葉の意味を考えてしまう。「あなたは⚪⚪だ」の言葉が言われる側の心を傷つけるのは言葉の意味を考えてしまうからだ。言葉を意味としてとらえず単なる音としてしまえばよいのである。それは海外に行ったときに実感てきるだろう。何を言われても感じなくなっているからである。傷つかず感じず動じることのない堂々とした私がそこにはいる。

2019年6月14日 (金)

青葉

木々の青葉を見上げると、葉の一枚一枚が太陽の光に対して重ならないように葉を広げている。互いに邪魔しないように配慮しているかのようである。それに比べて人間は互いに覇権を争い、敷地の境界線でもめている。それを上から見下ろしながら、葉はただ優しいみどりを広げるだけである。

 

2019年6月13日 (木)

人間の目

カメラのレンズはかなり使い勝手が悪い。ホタルを写すことは素人には困難で、高い建物を写せば傾いてしまう、手ぶれはする、水に落とせば厄介だ。それに比べて人間の目は全天候型の優れものである。少しの雨など平気だし、暗がりでもモノや人を認識できる。それにも関わらず人はしばしば相手を見誤まる。全天候型がわざわいしているからかもしれない。

2019年6月12日 (水)

眼鏡

「眼鏡にかなう」という言葉がある。広辞苑には、「目上の人に認められ気に入られること。教授の眼鏡にかなう、など」とある。相手だけの度に合ったということである。裏を返せば、相手の眼鏡にかなわなくても他の人の眼鏡にはかなうということである。その範囲が広いことを度量が広いというのである。

2019年6月11日 (火)

ぼやき

ぼやくことで有名な野球監督がいるように、人がぼやくことをやめることはない。仕事がうまくいかない、給料がアップしない、子供が言うことをきかない・・そんなぼやきを聞かされると、周囲の人はつい答えてしまいがちである。こうしてはどう、もっと働け、などと答えたくなるのが自然ではないだろうか。ぼやき始めた人にこちらから答えた瞬間からバトルが始まるのが定石である。どうすればよいのだろうか。

 

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